第20話 イスルギ郷の銀
まずは、捕縛したイスルギ家の者と武将の扱いだ。イスルギ家の子女は寺に預ける事になった。将来は僧侶や尼になるだろう。
この島の宗教は、様々な仏教と天駆教が入り乱れている。天駆教は太陽神を主神とする比較的新しい宗教であるが、現在は信者が少なくなり嘗ての力を失っていた。
カイドウ家との戦いで主導的な役割を果たした武将は処刑。残りはカイドウ家に仕えるかどうか確認し、仕えると誓った者は召し抱え、嫌だと答えた者は追放した。
領主がカイドウ家に替わっても、領民たちはあまり騒がなかった。領民たちにとって、イスルギ家は良い領主ではなかったようだ。年貢だけはしっかり取るが、領民たちのために何かするという事はなかったらしい。
カイドウ郷五千石の当主になったばかりだった俺が、短期間に三万石の領主になった。奪ったばかりのイスルギ郷の領地経営は、意外にも火の車だった。銀鉱山に力を注ぎ込みすぎて、他が疎かになっていたのだ。しばらくは内政に力を入れなければならないだろう。
イスルギ郷のネムロ城に泊まり込んで仕事をしていた俺は、小姓のサコンとソウリンを呼んだ。だが、小姓の代わりにトウゴウが現れた。
「殿、また視察ですか?」
「イスルギ郷は、広いからな。見て回るだけでも時間が掛かる」
「これまでの視察で、何か分かりましたか?」
「意外に農地が少ないのが分かった。土地の活用が進んでおらぬようだ」
トウゴウが首を捻った。そんなはずがないと思ったのだろう。農民は常に田畑を広げようとする。カイドウ郷でも山際まで田畑を広げていたからだ。
「それは土地が余っているという事でございますか?」
「そうだ」
いつの間に来たのか、小姓のサコンとソウリンがクスクスと笑い出す。
「何を笑っておる」
俺は二人に視線を向けると、二人は笑いを押し殺した。そして、ソウリンが答える。
「ですが、殿。イスルギ郷で使っていない土地というのは、中央にある荒れ地の事でございましょう。あれは農地に向かない土地でございます」
イスルギ郷の中央部には、東から西へ少しずつ低くなっている土地が広がっている。そして、その土地の土は水捌けが良すぎるらしい。結果、雨が降った時以外はカサカサに乾いた土地となる。
「あそこは、そこそこの作物が収穫できる農地に変えられる。但し、灌漑用水路が必要になるだろう。それだけの工事を行って、どれだけの作物ができるかが問題だな」
試しに一本だけ荒れ地に東から西へ伸びる用水路を掘削し、その用水路の水を使った農地で栽培をしてみなければ分からない。
薬の販売利益が順調に増えているので、用水路の費用くらいは楽に調達できるだろう。
俺と小姓、それに数人の護衛は、視察に出かけた。今日の視察は銀鉱山だ。鉱山近くに鉱山役場があり、そこで帳簿の確認をするのが目的だった。
イスルギ家に仕えていた鉱山役人を、俺はそのまま召し抱えた。鉱山経営を知っている者が、その役人たちしか居なかったのだから仕方がない。
「殿、鉱山役人頭のモタニでございます。分からぬ事がありましたら、何でも御尋ねください」
「それでは、採掘から製錬までの一連の流れを教えてくれるか」
「畏まりました」
モタニから説明を聞いた後、俺は五年分の帳面を見て、どれだけの鉱石が掘り出されたか。そして、製錬された銀は、どれほどなのかを調べた。
二年前から銀の産出量が二割ほど減っていた。
「銀の産出量が減っているのは、なぜだ?」
モタニがピクッと反応した。
「……それは鉱石に含まれている銀の割合が、変わったからでございます」
その声の響きが気になった。僅かに怯えているような感じがしたのだ。
「ふむ、割合が変わる事は、よくある事なのか?」
「よくある事ではございませんが、偶にございます」
「なるほど、勉強になった」
モタニがホッとした様子を見せた。
ネムロ城に戻った俺は、チカゲを呼び出し鉱山役人たちを調べるように命じた。
「その役人たちが不正をしていると御考えですか?」
「確信がある訳ではない。ただモタニの態度がおかしかった」
「分かりました。調べてみます」
影舞が調査した結果、鉱山役人が結託して銀を着服していた事が判明した。俺はモタニたちを捕縛するように命じ、その屋敷を捜索させる。
捜索の指揮を取ったのは、トウゴウの部下であるナガイだ。元ドウゲン家の武将であったナガイは、几帳面な性格で、トウゴウと気が合うようだった。
「殿、モタニ屋敷の床下から、銀の延べ棒が入った箱が五箱も見付かりました」
他の役人の屋敷からも銀が発見されたが、少量だ。
「ご苦労、良くやった」
ナガイの部下が銀の延べ棒が入った箱を運んできて俺の前に並べた。俺はトウゴウと一緒に検分した。トウゴウが不機嫌な表情で銀の延べ棒を確認する。
「よくぞ、これだけの銀を蓄えたものでございますな」
「森華頭殿は、人を見る目がなかったようだ。これほどの銀を着服していた者に、何年も銀鉱山を任せていたとは」
「鉱山役人どもは、
「主犯のモタニは処刑、後は仕事の引き継ぎが終わったら追放だな」
幸運にも手に入った銀をどうするか考えた。銀を売って、冥華銭か究宝銀に替える事もできるだろう。その金で何をするか? そうだ、火縄銃と硝石を買おう。
火縄銃と硝石は、カムロカ州のクマニ湊で売られている。クマニ湊は大陸との交易港であり、大陸との交易で手に入った新しいものが売られている。
俺はカイドウ郷内で火縄銃を開発しようとも考えたが、時間が掛かりそうだと分かったのでやめている。神の叡智と呼ばれている知識には、原理や基本的な構造などが含まれているが、部品の一つ一つの作り方などは含まれていないようだ。
そんな知識まで含めるともの凄い情報量になり脳に入らないからだろう。
ただ実物があれば真似て作るだけなので開発は短期間で済む。俺としては火縄銃の実物を手に入れたかったのだ。
三ヶ月ほど内政に取り組み、落ち着いたところでクマニ湊へ行こうと思っている事を評議衆に伝えた。
「カムロカ州となると、アビコ郡のタケオから船に乗って行かれるのですか?」
心配顔のイサカ城代が尋ねた。
アビコ郡のホウショウ家が信用できないと分かっているので、心配しているらしい。
「いや、身分を隠してヒルガ郡のトガシから、タビール湖を渡ってカムロカ州へ行こうと考えている」
クガヌマが首を傾げる。
「殿、ヒルガ郡のササクラとカイドウは、昨年戦っております。ササクラ家に気付かれたら、大変な事になりますぞ。殿が行く必要があるのでございますか?」
「大陸と交易しているというクマニ湊を、この目で見たいのだ。それに領地経営に必要なものが、クマニ湊ならあるかもしれない」
ササクラ家に俺の顔を知っている者が居ないので、見付かる事はないだろうと言った。影舞がササクラ家に残っていたなら、その恐れもあった。だが、最後までササクラ家に残っていたホシカゲも事故を装い死亡した事にして、カイドウ郷へ移っている。
クガヌマが数人の護衛を率いて一緒に行くという事で、評議衆の同意を得た。
その後、三ヶ月ほど内政に取り組んだ御蔭で、イスルギ郷も落ち着いた。俺は旅に出る準備を進め、留守の間はイサカ城代が取り仕切るように命じた。
俺たちは商人の格好をして、カイドウ郷を出発。サコンとソウリンが一緒に行きたいとゴネたが、却下してチカゲを一緒に連れて行く事にする。
チカゲは忍びとしての技量も一流であるので、ホシカゲが是非連れて行ってくれと進言したからだ。荷車に銀の延べ棒が入った箱とほうじ茶を乗せて、まずヒルガ郡のトガシに向かう。
途中、山賊に襲われたが撃退した。クガヌマが選んだ護衛は精強だ。
「ヒルガ郡は、大分荒れているようでござるな」
「瀬畔督様は、己の好き嫌いで人事を行ったと聞いている。そのせいではないか」
タビール湖の湖畔に広がる町トガシに、無事に到着した。ここまで四日掛かっている。初めて見たタビール湖は、海なのではないかと勘違いしたほど広大な湖だった。
「大きな湖だな」
「はい。私が知る限り一番大きな湖です」
商家に奉公している小僧に化けたチカゲが、自慢するように言った。ヒルガ郡で生まれたチカゲにとって、タビール湖は自慢の一つなのだろう。
その湖畔にあるトガシは、湖上運送で栄えている町だ。桟橋には大小様々の船が停泊している。俺たちは比較的小さな船と契約して、ここから西にあるカムロカ州のシタラという町まで運んでもらう事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます