第14話 ドウゲン家の終わり

 クガヌマがなぜという顔をする。一刻も早く戦場に駆けつけ、ドウゲン軍を援護しようと提案したのに、俺が助ける事を拒否したからだ。


「ドウゲン家の樹河頭殿は、判断を誤った。無謀な賭けに出て破れたのだ。その結果は彼自身が受け止めねばならない」


「城下町の前に布陣すると命じられたのは、町民を守るためでございますか?」

「ドウゲン郷をカイドウ家のものにする。城下町の住民は、我が領民となるのだから守らねばならん」


 トウゴウが難しい顔をする。

「しかし、ナガシノ城に残っている者と敗残兵が協力して、抵抗するでしょう」

「そうだろうな。だが、それをねじ伏せる事はできる」


 トウゴウとクガヌマが頷いた。

「まずは、ササクラ軍を撃退する事に全力を傾ける」

 俺が指定した位置にカイドウ軍を布陣させる。その時、影舞のイゾウが報告に来た。


「ドウゲン家の樹河頭様が、捕虜となりました」

 一緒に参戦していたカンスケも捕虜となったらしい。俺は思いっきり溜息を吐いた。


「事態が複雑になった。ササクラ軍は目的を果たした事になるが、どう動いている?」

 俺がイゾウに尋ねると、そのまま進軍してくるという答えが返った。


 ササクラ軍の兵力は五百ほどに減っていたが、それでもドウゲン郷を制圧するのに十分な数だ。

 カイドウ軍とササクラ軍が相対し、敵軍から使者が来訪した。


「今回の戦いは、ドウゲン家に対する懲罰である。関係のないカイドウ家は、兵をドウゲン郷から引くように、これが瀬畔督様の御言葉である」


 もちろん、その言葉に従うつもりはない。そう返答すると、使者は不満そうな顔をして帰っていった。

 ドウゲン軍に勝利して士気が高まっているササクラ軍が、鼻息を荒くして突撃してきた。それを見据えた俺は、冷静に十字弓を構えるように命じる。


 今回、三百丁の十字弓から短矢が放たれた。矢は高速で飛翔し、ササクラ軍の兵士たちに突き立つ。ササクラ軍の足が止まった。


 一斉に放った矢が、百人以上の死傷者を生んだのだから無理もない。十字弓は次の矢を用意するのに時間が掛かる。それを知っている指揮官なら、止まらずに襲い掛かるのが正解なのだ。だが、十字弓の存在を知っている者はまだまだ少ない。


 ササクラ軍がためらっている間に、矢が番えられ十字弓の狙いが付けられた。距離は四十メートルほどだろう。

「放て!」

 トウゴウの声で、また数百の矢が飛翔する。


 その中の一本が、ヒロフサの肩を貫く。落馬した大将を助けに駆け寄る敵将兵。その中には副将のミテウチがおり、撤退の命令を発した。この一声で戦いが終了した。


 カイドウ軍は追撃して、敵の死傷者を増やしたが微々たるものだ。

 戦いが終わったカイドウ軍は、ナガシノ城に入った。城を守る兵は少ししか居らず、予想していた抵抗がほとんどなく城を占拠した。ドウゲン家の一族や家臣たちが捕らえられ、カイドウ家に従うかどうか選択を迫られた。


 従うと答えた者は、一時的に軟禁する場所へ送られ、拒否した者は牢屋に入れられた。その中の女子供は、寺に送られ生活する事になる。


 カイドウ家から、ミザフ郡の他の豪族へ使者が送られた。ササクラ軍を撃退し、ドウゲン郷をカイドウ軍が掌握したと言う報せである。


 この報せはミザフ郡だけでなく、隣のアビコ郡も震撼させた。カイドウ郷の西にあるイスルギ郷やキザエ郷の北にあるシノノメ郷を支配する当主は、苦虫を噛み潰したような顔になったとの噂が広まる。


 一方、大まかな筋書きを描いたホウショウ家では、当主の部屋に飾られていた貴重な陶芸品が叩き壊されたらしい。しかも、俺に対する罵倒が響き渡ったという噂も流れる。


 そして、ヒルガ郡に戻ったササクラ家は、捕虜にした樹河頭の価値がなくなったので、カンスケと共に首を切った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 キザエ郷とドウゲン郷を掌握したカイドウ家は、一万八千石の領地を持つ豪族となった。それだけの領地を持つ豪族であれば、保有する兵力は四百ほどだ。


 だが、カイドウ家は豊かな財政を利用して六百の兵力を揃えた。そして、その三百ずつをトウゴウとクガヌマが指揮するように命じる。


 真冬の夜、城の二階でトウゴウとクガヌマが酒を飲み交わしていた。

「今回は幸運だった。樹河頭様が野戦を選ぶとは思いもしなかった」

「理詰めで考えるトウゴウはそうであろうが、某は野戦の可能性も考えておった」


「殿はどうだろう。野戦の可能性を考えておられたと思うか?」

「さあ、分からぬ。だが、殿は何かを持っている」

「幸運だという事か?」


 クガヌマが頷いた。

「運もあるだろう。だが、何と言うか……目線の高さみたいなものを感じた」

「目線の高さか、面白い。殿が立っている場所は、我々が立っている場所より高いのかもしれん。その高さまで我々を引っ張り上げようとしてくれているのか」


「そうだな。そこから見る景色はどんなものなのでござろう。見てみたいものだ」

「そのためには、殿を守らねばならない。今回の件で、殿は注目を浴びた。他の豪族たちが警戒し、殿を排除しようとするかもしれん」


 窓の外に白いものが舞い始めた。二人は火鉢の中で燃える炭火で手を温めながら、酒に手を伸ばす。

「殿が、キザエ郷の石切場から石を切り出してきて、何かを造るらしいが、知っておるか?」

 城の訓練場の横を整備して、石造りの何かを造ろうとしているのに気付いたクガヌマが尋ねた。


「聞いておらんのか?」

「某はキザエ郷へ行っておったから、何も聞いとらんぞ」

 クガヌマはキザエ郷のトダ城を任されたモロスの手伝いをしており、月の半分ほどはキザエ郷に行っている。


「あそこに氷室を造る、と言っておられた」

 トウゴウの答えを聞いて、クガヌマが首を傾げた。


「氷室だと……何に使おうと考えておられるのだ?」

「深い考えがあるのだ。必要になれば、説明してくださるだろう」


 クガヌマが炭火に手をかざす。

「温かいな。この炭が贅沢に使えるのも、殿の御蔭だ」

 炭は正腹丸を作る過程で生産されるので、ミモリ城の蔵の中には大量の炭が保管されている。


「殿に聞いたのだが、キザエ郷のハゲ山となった場所は、全部茶の木を植えるそうだ」

 クガヌマが言うと、トウゴウが感心したように頷く。

「城代も茶の生産を増やそうと言っておられたから、丁度いい」


「ところで、ホウショウ家の動きがないようだが、何かあったのだろうか?」

「影舞の報告でも、動きがない。その代わりに、イスルギ家とシノノメ家が頻繁に連絡を取り合っているらしい」

 それを聞いたクガヌマが苦い顔となる。


「また、戦いになるではないだろうな。一年に三度も戦えば十分だろう」

「そうだな。今年中という事はないだろうが、来年も厳しい年になるのではないか」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 冬の間に、氷室を建設した。アーチ状の屋根を持つ石造りの建物で、屋根の上には土を載せ太陽光の熱が内部に入らないようにした。そこに氷を運び込んで小型の氷室を作ったのだ。


 氷室は十六畳ほどの広さがあり、壁際には氷を積み上げている。その氷は藁と籾殻で覆われていた。

 夏になって氷から溶けた水は自動的に外へ排出されるように傾斜が付けられている。


「よし、これで夏まで保つか調べてみよう」

 これで成功すれば本格的な氷室を建設するつもりでいた。


「殿、ここに居られたのですか? 探しましたぞ」

 イサカ城代の姿が目に入った。

「何か用か?」

「来春、大路守おおじのかみ様に年賀の挨拶に行かねばなりません。その時に持参する贈り物をどうするか、相談すると言っておいたではありませんか」


「あっ、そうだった」

 俺は城に戻って、三階の部屋に入った。

 年賀の挨拶というのは、年明けにアダタラ州の支配者であるカラサワ・大路守・ヨシモトが住むハシマ城へ挨拶に行く行事である。


 カラサワ家の当主であるヨシモトは、四代目である。この行事が始まったのが初代からだと聞いているので、六十年ほど続いている事になる。


「贈り物か、烏龍茶でいいのではないか」

「ダメですぞ。烏龍茶を一番購入しておるのが、カラサワ家です。珍しくもないでしょう」


「前回は、何を持っていったのだ?」

「山を探し回って、自然薯を掘り出して持参しました」

 そんなもので良いのか、と意外に思った。贈り物は高価なものという事ではなく、自領で産出したもので珍しいものがいいらしい。


「なら、来年も……」

 イサカ城代が首を振った。一万八千石となった豪族が、自然薯だけというのはダメらしい。貧乏豪族だった時は仕方がなかったが、領地が増え家格が上がったのに合わせて、贈り物を増やす必要があるという。


 俺は面倒臭いと思いながら考えた。

「少し考える時間をもらう。その間に自然薯を掘り出す準備をしておいてくれ」

「承知いたしました」


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