第7話 キザエ家の裏事情
俺が目を付けたのは、カイドウ軍で使っている弓である。竹を材料にしている大型の弓で、射程も長い。だが、この弓を扱うには長い訓練が必要だった。
カイドウ軍で弓が扱えるのは三十人足らずで、大きな戦力とは言えない。
「本当は火縄銃が欲しいんだけど、火薬がないからな」
トウゴウが少し驚いたような顔をする。
「殿は火縄銃をご存知なのでございますか?」
「トウゴウは知っているのか?」
「カムロカ州とアダタラ州の大国同士の小競り合いで、カムロカ州が使ったと、名前だけは聞いております。ですが、あまり役には立たなかったようです」
「使われた数は?」
「十丁ほどだったそうです」
数が少なかったので、役に立たないと思われたのだろうか? 火縄銃が存在するということは、カムロカ州に神明珠から神の叡智を得た者が居たという事なのか?
「黒色火薬……いや、硝石を知っているか?」
「硝石でございますか。存じません」
火縄銃で使われる黒色火薬は、硝石と木炭、硫黄を混ぜ合わせて作られる。この島で木炭と硫黄は手に入るのだが、硝石は大陸の国から少量だけ持ち込まれているらしい。
誰かが火縄銃を作ったのなら、カイドウ家でも火縄銃が製造できるようにならねば……だが、まずはキザエ家への対処を考えなければならない。
「トウゴウ、カイドウ軍に新しい弓を導入しようと思う」
「弓でございますか。どのようなものでしょう?」
「十字弓と呼ばれている弓だ。領民の中で木工細工の職人を集めてもらえないか」
俺はトウゴウが集めた三人の職人に、十字弓またはクロスボウと呼ばれる弓を作るように命じた。もちろん、その構造は十分に説明する。
材料はイチイの木材を使う事にした。金属の部品は鍛冶屋に頼んだ。数日後、組み立て終わった完成品を持って訓練場へ向かう。ここには弓の練習場もある。
出来上がった十字弓を手にしたトウゴウが、どうやって使うのか戸惑っていた。
俺はトウゴウから十字弓を受け取り、足の力と背筋力を使って弦を引いて、シアーと呼ばれるトリガー機構の一部に引っ掛ける。そして、十字弓専用矢の短矢を番えた。
弓の標的である丸太に狙いを付け引き金を引いた。弦が空気を切り裂く音がして、矢が飛び出す。標的である丸太から少し外れた位置に矢が突き立った。
「最初は、こんなものだろう」
トウゴウが頷いている。
「試してみるか?」
トウゴウは十字弓を受け取り、同じ手順で矢を番えた。丸太に狙いを付けて引き金を引く。短矢が飛んで丸太に突き立った。
「流石だな」
トウゴウは驚いたように十字弓を見詰めている。
「これは恐ろしく狙い易い弓でございますな」
「そうなんだ。これなら少しの訓練で誰でも使えるようになる」
そこにクガヌマがやって来た。俺たちが訓練場に行ったと聞き来たようだ。
「殿、何をされているのでござるか?」
「新しく作った弓を試していた」
クガヌマはトウゴウが持つ十字弓を見た。
「変わった形の弓でござるな。どれ……」
トウゴウから使い方を聞き、クガヌマも試射してみた。クガヌマも最初は驚いていたが、顔を曇らせる。
「命中精度という点では、素晴らしいものでござるが、放つまでに時間がかかりますな。威力はどうなのでしょう?」
クガヌマが使い古した鎧を持ってこさせた。丸太に鎧を着せて、三十メートルの距離から鎧に矢を射た。
「おっ、鎧を貫通しておりますぞ」
クガヌマが嬉しそうな声を上げた。標的の鎧に近付いていみると、確かに薄い鉄板を使った鎧を矢が貫通している。
三十メートルの距離で射ると、鎧も貫通できるのか。これは使えるな。
この島で使われている度量衡は、メートル法が使われている。神明珠から得た知識がメートル法を基準としているようなので、それが広まったのではないかと俺は思っていた。
トウゴウが感心したように頷いている。
「素晴らしい威力ですな。射程はどうなのでございますか?」
「威力を上げるために、矢を重くしたから射程は短くなっている」
射程を調べてみると、鎧を射抜けるのが五十メートルまで、仕留めるだけの威力があるのは百メートル程度、生身への殺傷力は二百メートル以下のようだ。
十字弓の良い点が明らかになった。だが、悪い点も判明する。弓は山なりに矢を射る攻撃方法があるのだが、この攻撃方法は、十字弓に向いていなかった。
新しい弓が近距離で直線的に狙うのが一番だと分かると、トウゴウとクガヌマを交えて作戦を練った。
「十字弓の運用は、最初の一撃が重要になりますな」
クガヌマが矢が貫通している鎧を見ながら言った。作戦案が固まると、俺は十字弓を百五十丁ほど製作するように命じた。
百五十丁の十字弓が完成した頃には、領民たちは冬支度を始めていた。俺はトウゴウへ命じて、兵たちに十字弓の訓練を始めさせる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
前の戦いで受けた矢傷が完治したムネシゲは、アビコ郡のタケオ城を訪れていた。城の一室でホウショウ家当主ノリノブと武将たちが集まり、ムネシゲの話を聞いていた。
ノリノブの武将兼側近であるマエジマが、ムネシゲに視線を向ける。
「富山頭殿、カイドウ家の様子はどうなのです?」
ムネシゲは顔を曇らせ言い淀んだ。
「……それが、ミナヅキというモチヅキの庶子が後を継いだのですが、問題なく領主としての務めを果たしているようです」
「拙者も、月城頭には会いました。普通の若者という印象で、特別に秀でているものは感じませんでしたが、富山頭殿の印象はどうです?」
「あの戦いの現場では、姿を見せておりません。配下のトウゴウに任せたものと思われます」
「なるほど、キザエ軍はトウゴウにしてやられたという事ですな」
ムネシゲが苦渋に満ちた顔をする。そして、上座に座るノリノブへ顔を向けた。
「面目ない。ですが、瑠湖督様。もう一度機会を与えてくださるのなら、必ずカイドウ家を滅ぼしてみせます」
ノリノブが大きく息を吐きだし、鋭い目でムネシゲを見る。
「しかし、富山頭殿は一度負けておられる」
「あれは、卑怯な罠に掛かったのです。十分に注意して進軍すれば、回避できると考えております」
「なるほど。しかし、カイドウ家でも警戒しているのではないか。前のように兵力を分散してはおらんだろう」
それにはムネシゲも同意した。
「そこでホウショウ家から、二百程度の兵を貸してもらえぬでしょうか」
それを聞いてノリノブが苦笑いする。
「カイドウ家に、二百もの兵が必要だと?」
「申し訳ございません。先の戦いで、我軍の兵が損耗しておりまして……」
「分かっておる。タカトウ、富山頭殿の言う通りに」
ホウショウ家では古株に属する武将タカトウ・カゲモリに、ノリノブが命じた。
「畏まりました」
ムネシゲがホッとするのを見て、ノリノブが、
「富山頭殿、分かっておろうが、カイドウ郷を手に入れた
「承知しております」
ムネシゲは暗い顔をしていた。分かっているのだ。ホウショウ家がキザエ家を援助するのは、カイドウ郷の南西にあるドウゲン郷を奪い取り、将来的にはミザフ郡の全てを手に入れようとしているからだという事を。
その時には、キザエ郷もホウショウ家の支配下になり、ムネシゲはホウショウ家の武将の一人となっている可能性が高い。
キザエ家がこのような状況になったのは、三年前の凶作時にホウショウ家から大金を借りたのが原因だった。ホウショウ家は金を貸す条件に、キザエ郷にある鉄鉱山の運営権を要求した。
御蔭でキザエ家最大の収入源である鉄鉱山を、ホウショウ家に握られてしまった。
マエジマがムネシゲに尋ねた。
「ところで、カイドウ家の金回りが良くなったようですが、なぜか分かりますか?」
「それは新しいお茶の販売を始めたからだと推測しております」
「もしかして、ほうじ茶や烏龍茶は、カイドウ郷で作っているのですか?」
「そのようです」
「ふむ、カイドウ家の新当主殿が考えたのでしょうか?」
「元は製茶卸問屋で働いていた、と聞いておりますので、そうだと思います」
「なるほど、内政家としての才能があるのかもしれませぬな」
それを聞いて、ノリノブが頷いた。
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