186 界下り


「その特異な出で立ち……。確か君はリュウグウ、だったか?」



 俺の問いかけに、彼女――リュウグウは「ええ、そうです」と素直に頷いて言った。



「そういうぬしが噂の救世主さんでありんすね?」



「ああ、一応な。エルマ……〝剣〟の聖女を返してもらいにきた」



「ええ、知っていんす。なんでわっちがこうしてぬしらの案内役を仰せつかりんした。さあ、どうぞこちらへ。わっちがぬしらを創造主さまの神殿――《神の園》へとご案内いたしんしょう」



 そう妖艶に笑い、リュウグウが俺たちに背を向けて歩き始める。



『……』



 当然、俺たちは互いに視線を交わして訝しむが、敵陣に飛び込むと決めた以上、罠があることなどは百も承知なのだ。


 こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。



「――行こう。罠くらい正面からぶち破ってやればいい」



『――』



 こくり、と全員が揃って頷いてくれたことを確認した俺は、彼女たちを連れてリュウグウのあとを追う。



「ふふ」



 すると、リュウグウは足を止めずに一度だけこちらを振り返り、薄らと意味深な笑みを浮かべながら再び視線を前へと戻したのだった。



      ◇



 そうして俺たちが辿り着いたのは、なんとも不気味な様相の湖らしき場所だった。


 恐らくは水源の一種であろうが、溜まっている水がまるで出来の悪い油のように黒くどろりとしていたのだ。


 というより、この水は……。



「〝汚れ〟か……」



「そう……。この世界はほかの世界から溢れた〝汚れ〟が行き着く掃き溜めのような場所……。そして溜まった〝汚れ〟はあそこに見える〝穴〟からさらに下へ下へと流れ込んでいくの……」



 どこか寂しそうに言うフィーニスさまの視線の先には、確かに穴らしきものが湖面にぽかりと開いていた。


 なんというか、とても嫌な気配のする穴だ。



「なるほど。つまりあの禍々しい穴の奥が中層――《黒絶界》へと通じる道というわけか」



「ええ、そうなりんすなぁ」



 頷くリュウグウに、「ほう?」とアルカは鋭い視線を向けて問うた。



「個人的な直感だが、わざわざあのような場所を通らずともよい気がするのは気のせいか?」



「んふふ、さすがは聖女さん。確かにぬしの仰るとおりでありんす。でありんすが、ぬしらは〝界下り〟ははじめてでありんしょう? なんでわっちなりに少うし気を利かせたんでありんす」



 ぱさっと傘を広げ、リュウグウが水面を静かに歩き始める。



「もっとも、怖ければ別の道を辿りんすよ?」



「ふん、そんな安い挑発に乗るとでも?」



「ふふ、ならばどうぞついてきておくんなんし。楽しい界下りの始まりでありんす」



 そう笑いながら歩を進めるリュウグウに、俺たちも仕方あるまいと覚悟を決める。


 ただ念には念を入れ、聖女一人と女神一柱のペアを組み、それぞれに結界術を張ってもらうことにした。


 これならばたとえ不測の事態が起こったとしても、なんとか対処出来るはずだ。


 ちなみに、ペアの内約はアルカとフィーニスさま、マグメルとシヌスさま、オフィールとトゥルボーさま、ザナとイグニフェルさま、ティルナとテラさま、シヴァさんとフルガさまだ。


 攻守のバランスを鑑みて決めたのだが、オフィールたちに関しては主に相性である。


 親子のような間柄だし、たとえ双方が攻撃型だったとしても、互いに弱い部分を補えるだろうからな。


 余談だが、シヌスさま(非巨人形態)がばりばりの攻撃型だったのには少々驚いた。


 なんでも〝槍〟の聖女であるアルカばりにあの三つ叉槍で戦うのだとか。


 いつもお淑やかな彼女からはまったく想像出来ないのだが、とにかく頼りがいはありそうだ。



「さあ、行きんすよ」



 ともあれ、リュウグウがなんの躊躇いもなく穴の中へと飛び込んでいく。



『……っ』



 なので俺たちもはぐれないよう彼女のあとを追ったのだが、



「――うおっ!?」



 その瞬間、あまりにも強く下に引きずり込まれ、思わずスザクフォームを展開させてしまった。



「皆は……っ!?」



 当然、ほかの皆は大丈夫かと視線を向けるも、女神さま方が守ってくれているおかげで、なんとか下降速度を維持出来ているようだった。


 よもやこんなにも早くペアの効果が出るとは思わなかったが、とりあえず無事で何よりである。



「しかしこれは……」



 ほっと胸を撫で下ろしつつも、俺は周囲の光景に眉を顰める。


 なんというのだろうか。


 穴の中はまるで何か巨大な生物の体内のような場所であった。


 結界術の照らす僅かな灯りの中、静かに蠢く壁のような〝汚れ〟は本当に消化器のようで、以前飛竜に食われた時のことを思い出したくらいだ。


 こんな穴の奥に本当にエルマがいるのだろうか。


 ふとそんな杞憂を抱いた時のことだ。



『――っ!?』



 ふいに遙か下方から閃光のようなものが昇ってきて、俺たちは堪らず目を眇める。



「――久しいな、救世主」



「……えっ?」



 そうして次に俺が目を開けると、そこに先ほどまであった消化器然とした壁や女子たちの姿はなく、石造りの大広間の中、俺とやつの姿だけがあった。



「ヨミ……」



 そう、鬼人たちの墓地で俺たちに襲いかかってきた魔族の一人――ヨミである。


 どうやら界下りの途中で強制転移させられてしまったらしい。


 幸い、女子たちの気配はちゃんとペアずつに分かれているが、こうして俺の前にヨミがいるのだ。 


 今頃はほかの皆の前にもそれぞれ別の魔族たちが立ちはだかっていることだろう。


 早く合流しなければ、と訝しげな視線を向ける俺に、ヨミは虚空から一振りの剣を顕現させて言った。



「貴様は以前俺を〝汚れ〟のない場所で倒すと言っていたが、果たしてこの〝汚れ〟満ちる《絶界》内でも同じことを言えるのか?」



「ああ、もちろん。今からそれを証明してやるよ」



 ごうっ! と同じく長剣を顕現させ、俺は戦闘態勢に入ったのだった。

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