158 愛されることを知った女神


 ともあれ、なんとか生きる希望を取り戻してくれたフィーニスさまだったが、彼女に残された時間は残り僅かなため、俺は早々に彼女を別室へと連れていき、短いながらもそこで契りを交わした。


 正直、五等分されている女神さまたちよりも存在的な位が上なので、きちんとフェニックスシールが刻まれるかどうかが心配だったのだが、どうやらそれはただの杞憂だったらしい。


 その証拠に、連れていく時はお姫さま抱っこで運んだフィーニスさまも、今はしっかりとした足どりで俺の隣に並んでいた。


 並んではいたのだが、



「――で、お前たちはいつまでそうやってくっついているつもりだ?」



「え、えっと……」



 威圧感強めなアルカの問いに、俺はちらりと隣のフィーニスさまを見やる。



「……? なぁに……?」



「い、いえ……」



 彼女は頬を桜色に染め、可愛らしく小首を傾げながら俺と腕を組み続けていた。


 どうやら周りの目などまったく気にしていないらしい。


 だがそれで皆が納得するはずもなく……。



「あの、ほかの女神さま方の治療もありますから、とりあえずアルカディアさんの言うとおり、一度イグザさまから離れていただけますか?」



 笑顔を引き攣らせつつも、努めて冷静にマグメルがそう促す。


 が。



 ――すっ。



 フィーニスさまは「嫌……」と俺の後ろに隠れ、怯えた様子でこう言ってきた。



「あの子たちが私をいじめるわ……。怖い……」



「「……(イラッ)」」



 どの口が言ってんだこのババアみたいな顔をするアルカたちに、俺は思わず顔を伏せる。


 そりゃ先ほどまで〝終焉の女神〟と呼ばれていた人が、こんなにもしおらしくなってしまったのである。


 困惑……という感じの顔ではないが、そういう反応にもなるだろう。


 だがもちろんこのキャラの変化には理由がある。


 その答えに関しては、俺たちよりも少しばかり人生経験の豊富なシヴァさんが「なるほど」と的確に説明してくれた。



「今まで誰からも愛されたことのなかったあなたにとって、イグザとの営みは思わず性格が変わってしまうほど衝撃的な出来事だったというわけね?」



「ええ……。私、もう彼を放さないわ……」



 ぎゅっとフィーニスさまが俺の背中に身体を寄せてくる。


 そう、シヴァさんの言ったとおり、魔物を生み出した彼女は人々から憎まれることはあっても愛されることはなく、その魔物自身からも創造主としか認識されなかったため、誰かに愛されるということがなかったのである。


 もちろんオルゴーさまはフィーニスさまのことを大事に思っていたのだろうが、結果的に彼女は自らの生み出した人や亜人の味方になってしまったため、より一層孤独に陥ってしまったのだ。


 そうして永劫に続く時を独りぼっちで封印され続けてきたフィーニスさまに、はじめて愛というか、温もりをがっつり与えてあげたのが俺だったわけで、



「ずっと私の側にいてね……」



「は、はい……」



 まあこうなってしまったわけです……はい。


 てか、これどうしよう……。



      ◇



 と、そんな感じで一瞬悩みはしたものの、フィーニスさまも事の緊急性はきちんと理解しているらしく、ほかの女神さま方を助けないといけないのでと優しく伝えたところ、「分かったわ……」と素直に身を離してくれた。


 私も同じことを言ったのですが……、と半眼を向けてくるマグメルを華麗にスルーし、フィーニスさまは先ほどまで自分が寝かされていたベッド脇にちょこんと腰を下ろす。


 とにもかくにも、トゥルボーさまはまだ説得中なので、次はテラさまかシヌスさまだ。


 出来れば優先度の高い方を先に選びたかったのだが、そこでまさかの申し出がテラさまから出てしまった。



「私たちは元々一つの存在です……。であれば何も気にすることはありません……。あとに控えているトゥルボーのためにも、二柱同時に契りを行ってください……」



「えっ!?」



 二柱同時!? と驚く俺に、シヌスさまも頷く。



「私もテラの意見に賛成です……。私たちに残された時間が分からない以上、それが最善の策……。人の子よ、どうかご決断を……」



「そ、そう言われましても……。というか、お二方は本当にそれでいいんですか……?」



 俺がそう控えめに問いかけると、彼女たちは揃ってこくりと頷いた。


 ならばその思いを無下にするわけにはいかないだろう。


 正直、時間を短縮出来るのはありがたいからな。


 それだけ全員を救える可能性が上がるわけだし。



「……分かりました。では申し訳ありませんが、お二方のお相手を同時に務めさせていただきます」



 と。



 ――がしゃんっ!



『?』



 ふいに何かを落としたような音が室内に響き、俺たちは揃って音のした方を見やる。



「な、なん、ですと……っ!?」



 そこにいたのは、持っていた桶を手から滑り落とし、わなわなと両目を見開いているポルコさんであった。

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