154 不死鳥の刻印


「グ、ギギ……ッ」



「ほう? 傀儡の分際でこの俺に憤りを向けるか。――いいだろう。かかってこい」



「グガアッ!」



 エリュシオンの挑発を受け、黒人形がカクカクと変則的な動きで飛びかかる。


 元が人間とはいえ、黒人形化されたことでフィーニスさまを主だと認識しているらしく、彼女に手を上げたエリュシオンが許せなかったのだろう。


 だが相手はすでに聖者の域を超えた新たなる創世の神だ。



「やめろぉーっ!?」



 そんな相手に神器持ちとはいえ、ただの黒人形風情が勝てるはずもなく、



 ――ざしゅっ!



「「「「「「「「――なっ!?」」」」」」」」



 一瞬で細切れにされ、肉片も床に落ちる前に全て煙の如く消え去ってしまった。


 からんっ、と遅れて神器だけが床を転がる。


 すると。



「くだらん」



 ――ばきんっ!



 エリュシオンはつまらなそうにそれを踏み砕いた。


 なんということであろうか。


 あれではもう最後の聖神器を作ることは出来ないだろう。


 つまり創世の神となったエリュシオンに抗える術がなくなってしまったのだ。



「さて、話の続きだ。俺はこれから魔物どもを使って人間どもを一匹残らず殺し尽くす。抗いたければ抗うがいい。だが果たしてお前たちだけで世界中の人間全てを救うことが出来るかな?」



「てめぇ……っ」



 ぎりっと唇を噛み締める俺たちを鼻で笑い、エリュシオンは魔物たちとともに黒い炎のようなものに包まれていく。



「せいぜい足掻くことだ、救世主。そして聖女たちよ。女神どものいなくなった世界で、己が無力を嘆きながら絶望に打ちひしがれるがいい」



 そう言い残し、エリュシオンたちは広間から姿を消していったのだった。



      ◇



 それから急ぎゲートを使ってドワーフの里へと戻った俺たちは、族長さんに直接事情を説明し、アイリスたちと女神さまたちを休ませることが出来る部屋をそれぞれ用意してもらった。


 アイリスたちに関してはかなり疲弊してはいるものの、命に別状はなく、しばらく休めば大丈夫だろうとのことだった。


 俺が回復してあげてもよかったのだが、精神的なショックもあるだろうからな。


 とりあえず少し寝かせてあげることにしたのである。


 ただ問題はやはり女神たちであった。


 エリュシオンに持ちうる力の全てを奪われた彼女たちは、すでに自らの存在すら維持する力も残っておらず、とくに〝彼女〟に関しては受けたダメージも相まって、今にも消えてしまいそうだった。



「……どうして助けるの……?」



 そう、マグメルに治癒術をかけられているフィーニスさまだ。


 さすがにあの場に置き去りにしておくわけにもいかず、一緒に連れてきたのである。


 だがその顔色はいつも以上に蒼白で、すでに指一本動かす気力も残ってはいないようだった。


 恐らくは力を奪われたことよりも、念願だった子どもが作れなくなったことに絶望してしまっているのだろう。



「あなたにはまだ償わなければならないことが残っています。勝手に消滅しないでください」



「そう……。それはごめんなさいね……」



 マグメルのお叱りにも、心ここに在らずといった感じであった。



「くそっ!? 一体どうすりゃいいんだよ!?」



 最中、トゥルボーさまの側に付き添っていたオフィールが感情を露わにする。


 フィーニスさまは言わずもがな、ほかの女神さまたちにも時間が残っていないのだ。


 焦燥を抑えられないのは当然だろう。



「なあ、イグザ!? あんたならなんとか出来ねえのか!? 限りなく神さまに近い力を持ってるんだろ!? なあ、頼むよ!?」



「オフィール……」



 今にも泣き崩れそうな顔でそう縋ってくるオフィールに、俺がなんと声をかけたらいいか迷っていると、まだトゥルボーさまよりは症状の軽そうなイグニフェルさまが、「そう悲しむな、人の子よ」と優しい口調で言った。



「たとえ我らの肉体がここで滅んだとしても、その心は常にそなたたちとともに在る。それはトゥルボーも同じだ」



「で、でもよぉ……」



「そうだぜ? オフィール。こうなっちまった以上は仕方がねえ。なら最期くらいは華々しく送ってくれや」



 にっと笑みを浮かべながら言うのは、イグニフェルさま同様まだ元気が残っているように見えるフルガさまだった。


 なお、残りのお三方は身体を起こすのも辛そうで、今も床に伏している状態だ。


 何か力の奪われ方が違ったのだろうか。



「!」



 と、そこで俺はあることに気づき、ずかずかとベッド上で胡座をかいていたフルガさまのもとへと近づくと、がばっとその衣服を強引に捲り上げた。



「ちょっ!? こ、こんな時に何を盛ってやがる!? そ、そういうのは二人きりの時に……って、あん?」



 そしてフルガさまも自身の〝異変〟に気づいたようだ。



「これは……」



 そこにくっきりと刻まれていたのは、元来神には刻まれることのない鳳凰紋章――そう、〝フェニックスシール〟であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る