46 人ならざるもの


 ――はじめて王宮で会った時から姿が変わっていない。



 その話を聞き、俺たちが真っ先に疑ったのはレアスキルの存在だった。


 聞いた話だと、寿命が二倍になる《長命》というスキルがあるらしい。


 もしヴァエル王がそのスキル持ちだったとするならば、十分にあり得る話だ。


 ほかにも外見を若く保つ類のスキルやサブスキルがないことはないし、俺たち自身イグニフェルさまの力で老いを止めているので、そこら辺の話を持ち出しながらゆっくりとザナを宥めた。


 恐らくザナとしても母親の仇であるはずの男が王になっていた上、昔のままの姿で目の前に現れたというショックの連続で、少々気が動転していたのだろう。


 ゆえに現実的にあり得ない話ではないということを丁寧に説明してあげたところ、なんとか落ち着きを取り戻してくれたようだった。



「もう大丈夫よ、ありがとう」



「いえいえ。でももう少しだけこうしていますね」



 今はマグメルに背中を擦られながら、温かい飲み物を口にしている。



「しかし問題なのは、あの王さまがリフィアさまの仇だったってことだな。あの人が王になったのは、一体いつ頃くらいからなんだ?」



「それについては先ほど宿の主人に尋ねてみたのだが、どうやらここ数年くらいのことらしい」



「つまりリフィアさまを襲撃した時は王子の立場だったってわけか」



「でもおかしいわ。確かに私は幼い頃にあの人に会ったことがあるけれど、彼が王子だったなんて全然知らなかったし、そもそも王子の立場でわざわざベルクアまで暗殺になんて赴くのかしら?」



「だが宿の主人はヴァエル〝王子〟だとはっきり言っていたぞ? まあたとえ変わり身だったとしても、王子の姿でリフィアさまを襲うメリットは分からんが……」



 確かに。


 もしそれをする必要があるとするのなら――。



「――何も知らないザナにラストールの犯行だと伝えさせるため、とか」



「「「「――っ!?」」」」



 女子たちが驚いたように目を見開く。



「でもこの説には色々と突っ込みどころがあるんだ。もし仮に暗殺が成功したとしても、ザナが会っていたことを覚えていなければ成立しないし、そもそもベルクアを怒らせるためなら王子でなくともいいはずなんだ」



「そうですね。ほかの方に暗殺させ、何かラストールに由来する品でも証拠として残しておけばいいだけのこと。ヴァエル王が直々に赴く理由がありません。ザナさんが王子だと知らなかったのであればなおのこと、彼である必要性がないのです」



 そうなのである。


 どう考えても本人が危険を冒してまで出てくる必要性がないのだ。


 うーん、と揃って頭を悩ませる俺たちに、オフィールががしがしと頭を掻きながら言った。



「むしろもっと単純に考えてみりゃいいんじゃねえか? ザナが覚えていようがいまいが王子が殺したってことになりゃ普通に戦争もんだろ? だからわざわざ目立つやつが殺しに行った。ザナを生かしておいたのは聖女を兵器として使わせるため――つまりはホムンクルスを生み出すためだ。ほら、道理じゃねえか」



「そんな適当な……」



 呆れたように嘆息するマグメルだが、アルカは「いや」と神妙な面持ちで言った。



「存外当たっているかもしれんぞ。事実、オフィールの言うとおりにベルクアは動き、ラストールもまた軍拡に走った。唯一の誤算は両国が本格的にぶつかる前に我らが現れたことだろう。となればこのまま何ごともなく済むはずはあるまい」



「だな。真相に関してはどうしても予想の範疇を出やしないけど、ヴァエル王が何かしらの行動を起こしてくる可能性はかなり高いと思う」



「そうね。どうやら今日はゆっくりと眠ることも出来なさそうだわ」



「まあ仕方ねえだろ。適当に見張りでも立てながら交代で休もうぜ」



「ああ、そうだな」



 頷き、俺たちは明日の謁見に向けて早めに身体を休めることにしたのだった。



      ◇



 翌朝。


 何故か二交代制で俺が女子たちの抱き枕になっていたことはさておき。


 朝食を済ませた俺たちは、わざわざ迎えに来てくれたお付きの人に連れられ、再びラストール城へと赴いていた。


 一応警戒はしていたものの、寝込みを襲われるようなことはなかったのだが、そうする必要もないということなのだろうか。


 そこら辺の思惑に関してはよく分からないのだが、玉座の間へと赴いた俺たちに向けられたのは、昨日と同じ柔和な微笑みだった。



「――おはようございます、皆さん。昨日はよく眠れましたか?」



「ええ、おかげさまで。お心遣いありがとうございました」



 ザナが頭を下げると、ヴァエル王は白々しくもこう言った。



「いえ、親愛なる友好国の姫君なのですから当然です」



「……っ」



 一瞬びくりとザナの肩が震えたような気がしたが、彼女も強い女性である。


 ふう……、と小さく息を整え、努めて冷静に言った。



「それで、陛下に一つお尋ねしたいことがあります」



「なんでしょうか?」



「失礼ながら、私が陛下とお会いしたのはもうかなり以前のこと。にもかかわらず、陛下は当時と変わらぬお姿を保っておられます。昨日は少々そのことに驚いてしまいまして、もしかしたらお気を悪くされていたのではないかと」



「そうでしたか。いえ、それはこちらこそ申し訳ありませんでした。確かに私の身体はもうかなり以前から〝老い〟というものを克服しております。当然でしょう。何故なら私はすでに――〝人〟ではないのですから」



「「「「「――っ!?」」」」」



 言葉の真意が分からず困惑する俺たちに、ヴァエル王は微笑みを崩さず玉座から腰を上げ、ゆっくりとこちらに近づきながら言った。



「――ベルクアのホムンクルス。あれはなかなかいい研究でした。特殊な素体にベースとなる者の細胞を取り込ませることで複製化を可能とする――実に素晴らしい技術です」



「「「「「――っ!?」」」」」



 まさかすでに手に入れていたというのか!?



「あなた、ホムンクルスのことを……」



「ええ、知っていますよ。そしてあなたのホムンクルスたちがその唯一の成功例であるということも」



「くっ……」



 その瞬間、俺たちは一斉にヴァエル王から距離を取り、臨戦態勢を取る。


 すると、ヴァエル王はふふっと愉快そうに笑って言った。



「ではせっかくなのでご覧に入れましょうか。――〝人ならざるもの〟となった私の力を」



 ――どがんっ!



「「ぐわあっ!?」」



「「「――なっ!?」」」



 刹那、アルカとオフィールが同時に壁際まで吹き飛ばされたのだった。

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