40 意志を持つホムンクルス


 ――しゅばっ!



「おっと」



 オフィールが聖斧を呼び出そうとした瞬間、彼女の手元に光の矢が飛んでくる。


 レオリニアでアルカが見せたように、〝聖具〟と呼ばれる彼女らの武器は、離れた場所にあっても自在に呼び出すことが出来るのだ。



「迂闊な真似はやめた方が賢明だぞ、聖女たちよ。先ほども申したがこやつらに良心の呵責はない。ゆえに我が命ずれば容赦なくその四肢を射貫く」



 優雅にワインを飲みながら、ゼストガルド王がそう告げてくる。


 が、それで怯むような彼女らではない。



「それは随分とありがたいご忠告だが……しかし我らも舐められたものだな。よもやこの程度で臆すると思われていたとは」



「同感です。仮にも私たちは〝聖女〟と呼ばれる者たち。この程度の逆境、いくらでもはね除けてみせますわ」



「まあそういうこった。分かったら怪我しねえうちにこいつらを退かせた方がいいぜ? なあ、王さまよぅ」



 というように、三人とも抗う気満々であった。


 なんとも頼もしい限りである。


 俺が彼女たちの言葉に勇気をもらっていると、ゼストガルド王同様、未だ着席中だったザナが戒めるように言った。



「馬鹿な真似はやめなさい。今この場には私を含め、六人の聖女がいるのと同じなのよ? それら全てを相手にして無事に済むとでも思っているの?」



「ああ、思っているとも。そうでなければ我らの男が王に喧嘩を売るはずがあるまいよ」



 アルカたちから期待の視線を向けられ、俺は大きく頷く。


 すると、ゼストガルド王がククッと含み笑いを浮かべて言った。



「なるほど。やはり鍵を握るのはそなただったか。こんなこともあろうかと、あらかじめ策を講じておいて正解だったぞ」



「何?」



 俺が眉根を寄せる中、ゼストガルド王は一本の小瓶を取り出して言った。



「そなたのグラスにちょっとした毒を仕込ませてもらった。何、心配することはない。我らのみが調合出来る解毒薬さえ飲めば死ぬことはない」



「なるほど。それで俺を人質に取るつもりか」



「然り」



 しかしこの王さまは本当にどうしようもないおっさんだな……。


 はあ……、と嘆息しつつ、俺は食卓に置かれていたナイフを手に取って言った。



「よく見てろ」



 ――ざしゅっ。



「「――っ!?」」



 突如右腕を斬りつけた俺を、ゼストガルド王とザナが驚いたような顔で見据える。


 だが本当に驚くのはこれからだった。


 ぼうっ、と傷口が一瞬炎に包まれたかと思うと、何ごともなかったかのように元の状態へと戻ったのである。



「ど、どういうこと? あなた、今何をしたの?」



「何もしちゃいないよ。ただ俺が――〝不死身〟なだけだ」



「「――なっ!?」」



 再び二人の顔が驚愕に染まる。


 当然だろう。


 不死身なんてあり得ない存在が、自分たちの目の前にいたのだから。


 最中、俺はナイフを食卓の上に戻しながら言った。



「だから俺に毒は通じない。というより、受けた側からすぐさま治癒されるからな」



「くっ……」



 ばきんっ、とゼストガルド王が口惜しげに小瓶を握り潰す。


 え、それかかっても大丈夫なの? という感じだが、まあ解毒薬があるらしいので大丈夫なのだろう。



「まあよい。確かに毒は通じぬようだが、我らに形勢が有利なのは変わらぬ。むしろそなたが不死なのであれば、一切遠慮せずともよいということ。容赦なく命を下せるというものだ」



 さすがは歴戦の王さまである。


 一瞬驚きはしたものの、すでに顔には余裕が戻っていた。


 ともあれ、どうしたものか。


 正直、蹴散らすだけなら問題はない。


 ただなるべくならあの子たちを傷つけないようにしたい。


 彼女たちだって別にやりたくてこんなことをしているわけじゃないのだから。


 と、その時だ。



 ――ぎいっ。



「「「「「「!」」」」」」



 ふいに正面の扉が開き、一人の少女が弓を引きながら近づいてきた。


 そう、ザナのホムンクルスだ。


 でもあの子は……。



「ふはははははっ! どうやら軍配は我らに上がったようだな! まさか廃棄予定だったはずのホムンクルスが現れようとは! ……むっ?」



 だがそこでゼストガルド王も違和感に気づいたらしい。


 何故なら少女がそのまま俺たちではなく、自分の方へと弓を向け始めたからだ。



「……何をしている? 血迷ったか、六号……っ」



 当然、ゼストガルド王は少女を睨みつけて問う。



「いえ、これが正しい選択だと判断しました。私はこの人たちを生かしたいと思います」



「あなた……。それはあなたの意志……?」



 驚くザナの問いに、少女は頷いて言った。



「はい。私がそう判断しました」



「……そう」



 なんとも言えない表情で頷いた後、ザナは席を立ち、ゼストガルド王に向けて言った。



「ここは私にお任せください」



「……出来るのか?」



「はい」



「――いいだろう。ならばお前に任せる。ただし……分かっているな?」



 こくり、と無言で頷いた後、ザナはこちらを向いて言った。



「あなたたちも別に相討ちを望んでいるわけではないでしょう?」



「ああ。出来ることなら誰も傷つけずに解決したい」



「そう。ならば私とあなたの二人きりで決着をつけましょう。ただしここはあまり壊したくないから、そこの窓から外に出るのが条件だけれど。どうかしら?」



「――分かった。皆もそれでいいな?」



「「「――」」」



 俺の問いかけに、三人は揃って頷いてくれた。


 だから俺は少女にも告げる。



「そういうわけだから、君も皆と一緒にここで待っていてくれ」



「分かりました」



「それと、味方してくれてありがとな」



 俺がそう頭を撫でてあげると、彼女は無表情ながらも頬を若干赤く染めていた。



「じゃあ行きましょうか」



「ああ、分かった」



 頷き、俺はザナに続いて窓から外に出ようとする。


 だがそこでふと食堂の壁に飾られていた女性の絵画が目に入った。


 嫋やかに微笑む綺麗な女性だ。


 なんとなくだが、ザナに似ているような気がした。

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