33 疫病の町


 数日後の夕刻。


 アフラールはいつにも増して多くの人々で溢れていた。



 ――そう、今夜は奴隷市場が開催される日。



 今までの経験から、必ずオフィールら盗賊団が現れるだろうと踏んでいた商人たちは、協力して護衛の冒険者たちを増員していたのである。


 確かに盗賊団は厄介だが、問題なのは斧の聖女であるオフィールのみ。


 であれば商談成立まで時間を稼げればいい。

 

 そう思い、恐らくは人員を大幅に増やしてきたのだろう。


 だがそれは俺たちにとっても好都合だった。


 何故なら、これから起こることをより多くの人の目に焼きつけてもらいたかったからだ。



 そして――その時は訪れる。



 ――びゅううううううううっ!



「「「「「うわああああああああああああああっ!?」」」」」



 突如としてアフラールを襲う砂嵐に、住民たちは悲鳴を上げる。


 だが本当の恐怖はここからだった。



「……えっ? げほっごほっ……な、なんだこれ……?」



 どさりっ、と身体中に発疹のようなものを浮かばせながら人々が倒れていく。



 ――そう、疫病だ。



 老若男女問わずその場にいた全員が地に伏し、苦しそうに身動きがとれなくなる。


 あれだけ賑わっていた町が一瞬にして静寂に包まれてしまったのだ。


 もちろんこれは俺たち……というよりは、トゥルボーさまの仕業である。


 身体が麻痺して動けなくなる程度の疫病をちょちょいと拵えてもらったのだ。


 当然、赤子や身体の弱い老人などがかかったとしても命に別状はない。


 とはいえ、ほとんどが罪のない善良な人たちゆえ、こんなことをして本当に申し訳ないと思う。


 でもこれくらいの大芝居をやらなければ、皆を救うことは出来なかったのだ。



 ――ごごうっ!



 だから俺は芝居を成功させるため、火の鳥化して町の上空を翔た後、もっとも高い建物の上に留まる。


 そしてまたもやトゥルボーさまの力を借り、風で俺の声を少々変質させて町中に届けてもらった。



「やはり遅かったか。――人間たちよ、そなたらは風の神の怒りに触れた。人の身でありながら、同じく神の作りし人をまるで物のように扱い売り飛ばすなど言語道断。せっかく斧の聖女がその身を賭してまで阻止し続けてきたというのに、そなたらは何も省みることはなかった。その結果がこれだ」



 重く、戒めるような口調で続ける。



「恐らく身に覚えのない者たちもいることだろう。しかし神の尺度でそれは通じぬ。人同士協力して来なかったそなたらの過ちと知るがよい。そしてこの災厄は神の風に乗り、そなたらの大切な者たち全てのもとへと飛び、その身を蝕むことになるだろう」



「「「「「――っ!?」」」」」



 それを聞き、住民たちはおろか冒険者たちの顔も絶望色に染まる。


 当然だろう。


 自分のせいで大切な人までもが苦しみ喘ぐことになるのだから。


 しかしさすがに胸が痛いな。


 奴隷商たちが苦しむ分には一向に構わないんだけど、全然関係ない人たちまで一緒に怖がらせちまってるからな。


 まあ今後の町の在り方を考えていく上では仕方ないんだけど……。


 ともあれ、なるべく早く終わらせるようにしよう。


 そう思い、俺は十分〝溜め〟を作ってから告げる。



「だが――一つだけ方法がある」



「「「「「!」」」」」



 人々の顔に希望が宿る中、俺は続けた。



「己が罪を猛省し、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと今ここで誓うのだ。そして人売りの罪に身を染めた者は高らかに声を上げよ。その声を我が風の神へと届けよう。ただしこれが最初にして最後の機会――偽りは即、死に繋がると知れ」



 これでダメならもうどうにもならないだろう。


 だから頼む……っ! と俺は心の中で祈り続ける。


 すると。



「――わ、私は人売りの罪に身を染めました!?」



「――わ、私もです!?」



「――も、申し訳ございませんでしたぁ~!?」



 次々に商人たちから声が上がり、俺はほっと胸を撫で下ろしたのだった。



      ◇



 まあ問題はそれからだった。


 これですぐ病を治してしまっては、また同じことの繰り返しになりかねなかったからだ。


 ゆえに、俺たちは声の上がった者たちの病だけはあえて重くして長引かせることにした。


 その中で意地でも声を上げなかった命知らずの者たちのことも聞き出し、彼らにはさらなる苦痛を与えることにした。


 具体的に言えば、トゥルボーさまのお許しが出るまで存分に苦しんでもらおうということである。


 せいぜいお許しが出るよう頑張って欲しいものだ。


 ともあれ、そんな感じで此度の一件は終幕を迎え、アフラールの町にも賑わいが戻るようになった。


 ただ一つ変わったことと言えば、町中に風の神さまを崇める石碑が大至急建てられたことだろうか。


 きっと人々はこの石碑を見る度、自分を戒めることになるのだろう。


 そしてここで起こったことを、冒険者たちや旅人たちがほかの町へと語り継いでいってくれることを願いたいものである。


 と、まあそれはそれとして。



「おい、なんなのだこれは?」



 トゥルボーさまが俺たち(むしろオフィール)に半眼を向けてくる。


 というのも、



「わーい、めがみさまのおうちだー!」



「すごーい! おっきなおうちー!」



「わーい! わーい!」



 このように、風の神殿の中で盗賊団の子どもたちや、奴隷として売られる予定だった子らが走り回っていたからだ。



「わりい、あたしもこいつらについていこうと思ってな。ガキどもの面倒を頼むわ」



「ふざけているのか? オフィール。この我に人間の子守りをしろだと?」



「おう。だってあんた子ども好きだろ? ならいいじゃねえか。でかいのもいるから大丈夫だろ」



「殺されたいのか? オフィール。いや、むしろ殺す。今すぐそこに直れ」



 ごごごごごっ、とトゥルボーさまが威圧感を全開にする。


 が。



「……むっ?」



 そこでくいっとスカートの裾を引っ張られ、まだ三つくらいの子がトゥルボーさまに言った。



「……おしっこ」



「――なっ!? お、おい、ちょっと待て!? 今連れて行ってやるから絶対にそこでするんじゃないぞ!? いいか!? 分かったな!?」



 がばっとお子さまを持ち上げ、トゥルボーさまがあたふたする。


 きっとオフィールを育てていた時もこんな感じだったんだろうなぁと微妙にほっこりする俺たちなのであった。

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