29 目に見えない問題


「おい、やめろ!」



「……あん?」



 堪らず目の前に飛び出した俺たちに、斧の聖女――オフィールは手綱を引いて魔物の足を止めさせる。


 年齢はマグメルと同じくらいだろうか。


 燃えるような赤髪と淡褐色の肌が特徴の美女である。



「なんだてめえらは? ……あっ?」



 そこで何かに気づいたらしいオフィールは、アルカに対して不敵に笑った。



「へえ、てめえは聖女だな? こいつは珍しいぜ。あたし以外の聖女に会ったのは生まれてはじめてだ」



「ふむ、私もお前のように粗暴な聖女ははじめてだ。まあ性格の悪い聖女はいたがな」



 へくち!? と宿の方からマグメルのくしゃみが聞こえたような気がしたが……まあ気のせいだろう。



「で、その聖女さまが男連れでなんの用だ? まさかてめえのノロケ話を聞かせにきたわけじゃねえだろうな?」



「はは、それはそれで楽しそうだがな。端的に言えば――お前の行為が目に余る」



「へえ、随分と面白いことを言うじゃねえか」



 よっ、とオフィールが魔物から飛び降りる。


 よく躾けられているのか、魔物はオフィールが降りてもその場でじっとしていた。



「だからあたしに喧嘩を売ろうってか?」



 ぐいっとオフィールがアルカの顔を覗き込む。


 体格ではあきらかにオフィールの方が上だった。


 先ほど商人の一人が彼女をグレートオーガだと揶揄していたが、まんざら間違ってはいないかもしれない。


 アルカも女戦士の村生まれゆえ、オフィールに負けず劣らずの素晴らしい身体をしているのだが、言ってみれば、アルカはスピードタイプの戦士で、オフィールはパワータイプの戦士だろう。


 気性もかなり荒そうだし、いざとなったら力尽くでも止めに入らねば。


 俺がそう固唾を呑んでいると、アルカはいつもの涼しい顔で言った。



「別に喧嘩を売るつもりはない。まあお前がそれを望むというのであれば、今すぐにでも売ってやらんこともないがな」



「はっ、口だけはいっちょ前じゃねえか。それで、喧嘩を売るつもりがねえんなら一体なんの用だってんだ? あたしはこれでも暇じゃねえんだよ」



「だから言っただろう? お前の行為が目に余ると。何故町の平穏を乱そうとする?」



「んなもん決まってんだろ? ――この町が気に食わねえからだ」



 それを聞き、アルカは呆れたように嘆息する。



「やれやれ、そんな理由で暴れられては堪ったものではないな」



「はっ、新参者が知ったような口を利きやがって。まあてめえらには分かんねえだろうな。――目に見えるものだけが全てじゃねえんだよ」



「……ふむ」



 何か思うところがあったのか、考え込むような仕草を見せるアルカに、オフィールは再度魔物に跨がりながら言った。



「ま、同じ聖女のよしみだ。あたしの邪魔をしねえ限りはこっちも手を出すつもりはねえ。せいぜい男遊びにでも勤しんでるんだな」



「ふむ、それは実にいい提案だが……最後に一つだけ聞く。お前はこの町をどうするつもりなのだ?」



 アルカの問いに、オフィールは得意げに聖斧を担いで言った



「だから決まってるっつってんだろ? この町はあたしが……いや、あたしたちが完膚なきまでにぶっ潰してやるのさ!」



      ◇



 結局一通り暴れるだけ暴れた後、オフィールたち盗賊団は町を去っていった。


 後に宿の主人に聞いた話だと、彼女らは砂漠にある遺跡を根城にしているらしい。


 もちろん俺たちも盗賊団を止めようとはしたのだが、アルカの提言で少し様子を見ることにしたのである。


 その結果、少しだけだが分かったことがあった。


 オフィールたちは無差別に人々を襲っているわけではないということである。


 子どもやお年寄りなどの弱者は絶対襲わず、どちらかというと商人が多く襲われているように見えたのだ。


 それが何を意味しているのかは分からないが、アルカは彼女の言った〝目に見えるものだけが全てではない〟という言葉が引っかかっているようだった。



「申し訳ございません……。私が暑気にさえやられていなければ……」



 ともあれ、夕食の席でマグメルが頭を下げてくる。


 どうやらこの地域は昼夜の寒暖差が激しいらしく、今は逆に少し涼しいくらいになっていた。



「いや、気にしなくていいよ。それより体調はもう大丈夫なのか?」



「はい、おかげさまでもうばっちりです。ご迷惑をおかけしました」



 再度頭を下げてくるマグメルによかったと微笑みつつ、俺は先ほどから無言を貫いていたアルカに尋ねる。



「やっぱりオフィールの言葉が気になるのか?」



「まあな。確かに一見するとただの迷惑なオーガだが、やつらの様子を窺っていてもう一つ気づいたことがある」



「気づいたこと?」



「ああ」



 そう頷いた後、アルカは確信を持ってこう言った。



「顔を隠してはいたが、あの盗賊団は――皆成人にも満たぬ子どもらの集まりだ」

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