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許して欲しいとは思いません。許されるつもりもありません。
私は、酷いことをしてしまいました。私はあなたのことを誰よりも大切に思っていたはずなのに、あなたを裏切り、そして傷付けるような真似をしました。たとえそれが私の──本来の意思でなくとも、私の肉体がそうしたのだから拭い去ることは出来ません。
初めて出会った時から、私にはあなたが眩しく見えた。私とは別の世界に住まわなければならない人なのだと直感しました。私は、ずっと薄暗くてじめじめとした、影の中で生きてきたから。
私は軽蔑されても可笑しくない生き方をしてきました。ただ生きたいというだけで人を殺し、人を
初めは、自分こそが被害者なのだと信じて疑いませんでした。だって私は虐げられた。弱者だった。生きたいように生きようとした結果、私の生き方は罪と見なされて、
それはきっと悔しいことだったのでしょう。憎らしいことだったのでしょう。
しかし──人であることを放棄し、その上に自らを信仰した人々の
きっと、あの鬼女も、根本的な部分からして人に仇なすモノではなかったはずです。彼女はきっと飢えていた。その飢えが人への憎悪を加速させ、裏切りを許すことの出来ない頭にしてしまったのでしょう。
彼女は私を認めてはくれないようだけれど、私は彼女を憐れに思います。憎いとは思いません。ただただ、彼女は可哀想なのです。
彼女は、被害者であり加害者でもあります。罪を負った存在でいながら、言いがかりを付けられて傷付けられた存在です。
私は、彼女のことをつい最近になって知りました。どうしてかはわかりません。彼女が目覚めたから、否が応にも知らなければなりませんでした。
彼女は私を嫌っています。悲しいし、抗議したいことではありますが、それと同時に無理もないことだと思います。
私と彼女は、本来並び立つことの出来ない存在です。いいえ──彼女の言い分から察するに、私が横入りしたようなものなのでしょう。だから、彼女は私を嫌っている。横合いから突然現れて、自分の体を乗っ取ったようなものですから。
私は、もう間ノ瀬桐花には戻れないでしょう。いくら努力しても、テクラの意識が強すぎて介入することはとても難しいのです。
テクラはきっと、私の大切な人たちを躊躇いなく傷付ける。皆、私のことを恐れ、嫌うことと思います。
私は悲しいけれど、今更償えることではありません。だってもう、私の手は血に濡れている。洗い流すことの出来ない程の血が、私の掌にこびりついている。
人を裁くのは人でなくてはならないけれど、人を裁いた結果がこの──テクラという鬼女なのです。人は、何処へ向かえば良いのでしょう? 何を信じて生きてゆけば良いのでしょう?
私には──もう、何もわかりません。
あなたの名前を書くことは避けます。でも、あなたは聡いからすぐにわかってくれると信じています。
どうか私に──いいえ、二度とテクラに会うことがありませんように。私はもうあなたを傷付けたくないし、憎悪にまみれた姿を晒したくもないのです。あなたは私にとって、日だまりのような存在だから。
それと、うちの用心棒には一言謝らせてください。ごめんなさい、と。それだけを伝えられたのなら、間ノ瀬桐花は満足です。
さようなら。願わくは、これ以上犠牲者を出す前に、鬼女を打ち倒せるだけの方がいらっしゃいますように。
震える手で、破った着物の裾を彼の部屋に取り付けられた、格子型の窓に放り込んだ。そして、後ろを振り返ることなく走る。
この意識が、いつまで持つかはわからない。出来ることなら、金峰村から遠ざかってからが良いと、切実に思った。
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