挿話 (2)

「えっ、それは、シノブちゃんに恋をしてるんじゃないかしら」

 六月のある日、ヨシカは横にならんで歩きながら、興味深々といったまなざしで、シノブの話を聞く。

「え、そうかな、でも、目がちょっとコワイんだけど」

「いや、それは言っちゃかわいそうだよ。好きな子をみるんだから、目がこんなんなるんだよ」

 言って、ヨシカは両手のひらで目をつりあげる。

「そうじゃないよ、もっとこう、うわ目づかいでさ」

「じゃあ、こんな感じ」

 とヨシカはうわ目づかいに、眉をよせてシノブをにらむ。

「あ、そう、そんなん」

「あはは、そうか。いいなあ、シノブちゃんは。カワイイもんなあ。うらやましい」

 と、ちょっとふてくされたようにに言って、顔をまえにむける。

「ヨシカちゃんは?そんなんないの?」

「いや、ないない。登下校ちゅうにすれ違う男子はみんな素通りだもん」

「そんなこともないでしょう。きっとどこか、木の陰とかから、ヨシカちゃんを見つめるまなざしが」

「いや、それだとストーカーじゃん」

 言ってヨシカは、あははと笑う。シノブもいっしょに、あははと笑う。

 梅雨のただなかの、どんよりした雲の広がる空の下。

 もうすぐ期末試験ということで、どことなく気分も滅入りがちな、学校からの帰り道、うさばらしとばかりに、恋愛談義に花を咲かせる。

 ヨシカと別れ、シノブはタカクラ駅の改札に向かう。

 道をゆくシノブの足どりは軽く、まるでくるぶしに小さな翼が生えたかと思われるほど、足がはずむ。

 ――恋か。

 その、毎日のようにすれ違う男子はシノブ好みの容姿とは言いがたいが、想いを寄せられるのは、悪い気がしない。まさか恋愛関係に発展するとは思えないが、友達くらいならなってもいいかな、などと、気持ちもはずみはじめる。

 と、おいおい、と後ろから呼びとめる声がする。

 トビタの声だとすぐにわかった。

 はい、とシノブはにこやかに振り返る。

 そこは、改札に向かう地下通路で、トビタは、地上への階段の壁に身を隠すようにして、シノブに手招きしている。

 トビタはいつにない真剣な表情で、

「ちょうどよかった。ちょっとちょっと」

 と手招きする。

 シノブが怪訝な顔で近づくと、トビタはシノブの二の腕を力いっぱいひっぱって、壁の影へ――。

「あのさ、あそこの、赤いジャケットのガラの悪い男、いるでしょ?」

「はい」とシノブはトビタが指さす方をみる。

「あいつの後を、つけてくれないかな。尾行ってやつ」

「はあ」

「実はここまでつけてきたんだけどさ、どうも勘づかれたらしくって。たぶんもうこの辺に隠れ家があると思うんだけど、シノブちゃん、つけてくれないかな」

 シノブはその男を横目でみる。

 赤いジャケットというより、全身赤のスーツでそろえた格好で、目には黒いサングラス、リーゼントの髪型をし、肩をいからせて歩いていく。すれ違う通行人たちは、男の横にくると、急に顔を横に向けて通りすぎる。

「はやくはやく」

 とトビタはいやおうなしにシノブの背中を押しだす。

「でも……」

 とシノブは不安気にトビタに聞く。自分に尾行なんてできるだろうか。

「あ、もう、なにやってんの、みえなくなっちゃうよ」

 シノブがふたたび男をみると、男はもう、地下通路のすこしあがった出口の、駅前ロータリーの歩道を歩いている。

 ――えい、もうどうにでもなれ。

 シノブは男の背中を追いはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る