3 渉猟 (2)

 午後四時。

 トビタをともなって訪れたのは、待ち合わせ場所の漫画喫茶ではなく、その隣、建築途中でなんらかの事情で放棄されたラブホテルだった。廃墟といっていい状態のビルの外壁にある、安全基準を満たしているかどうかも怪しい鉄板製の非常階段をあがる。

 どうしてこんなところに連れてくるの、なにするの、俺となにかしたいの、などというトビタの軽口を聞き流しながら、シノブは四階までのぼり、非常口から入ってすぐの場所にある部屋のドアの前にたつ。

 まだしっかりと調整されていない、ガタガタきしむドアを開け、訪いをいれると、野太い声で、

「あら、いらっしゃぁい」

 歓待の挨拶がされる。

 出てきたのは、半分アフリカ系アメリカ人の血をひく男、ハッチャンだった。

 ハッチャン、巨体である。二メートル近い体躯に筋肉が隆々。アフロヘアがチャームポイントの、三十歳くらいの男性。職業はハッカー。そして、ゲイである。

「あらぁ、トビー、久しぶりぃ」

 言ってハッチャンは、シノブを押しのけ、ぎゃあと叫んで逃げ出そうとするトビタにだきつく。

「あ、てめえ、シノブ、てめえ、だましたな、ふざけんな、てめえ」

 てめえを連呼するその口を、ハッチャンの、ぽってり柔らかそうな唇がふさぐ。その舌がトビタの口内をかきまわす。

 それをみながらシノブは、復讐心がちょっと解消され、満悦の表情だ。

 笑いをかみころしながその光景をしばらくながめたシノブは、

「ああ、ハッチャン、そろそろいいだろう。残りの報酬は、仕事が終わってからにしてよ」

「もう、しかたないわね」

 ハッチャンは、ふてくされた顔で、トビタの拘束をとく。解放されたトビタ、

「報酬ってなんだ、なに勝手に決めてんだ、ふざけんなよ、シノブ」

 口をふきふき言いながらにらみつけるその顔を完全に無視して、

「じゃ、たのむよ、ハッチャン」

「まかせといてよ、準備は万端ととのってるわ」

 言いながら、ハッチャンは部屋の真ん中あたりにある、あきらかに廃棄物をくすねてきたとわかる事務デスクに向かう。

「逃げんな、トビタっ」

 シノブは廊下へ踵を返すトビタの首根っこをつかみ、引きずるように部屋のなかに連れていく。

「ちゃんと説明しろよ、俺をどうする気だ」

「いつも私をこき使ってくれるお礼だ。今夜はひと晩じゅう、ハッチャンにたっぷりかわいがってもらうんだな」

「なんだと、俺の貞操をなんだと思ってんだ」

「はぁ?聞こえんなぁ?」

 シノブはトビタを部屋のすみにおいてあるソファーにつき倒す。

「なんで、シノブちゃん、どうしてそんなことするの?前はそんなんじゃなかったよね、おとなしくて、ききわけのいい子だったよね、いつからそんなになっちゃったかな」

師匠おまえの教育が良かったもんでな」

「お兄ちゃんはそんな育て方をした覚えはありません」

「お兄ちゃんの背中を見て育っただけだ」

「かわいくない、ホント、かわいくないよ」

「てめえ、逃げたらどうなるか、わかってんだろうな。逃げんなよ、絶対逃げんなよ」

 部屋をみまわすとまだ工事途中で、隣の部屋との壁もまだ設置されておらず、二部屋分の広々とした空間が広がっていた。壁もコンクリートがむき出し、かろうじて、ここにベッドを置くのだろうとか、ここに風呂を設置するのだろうということがわかる程度の状態だった。

 すみにはセメントの袋やら、板やらの資材がが置かれたままになっている。

 壁際のトビタを座らせているソファーやテーブルは、ハッチャンが持ち込んだものであろう。

 事務デスクの上にはノートパソコンがおかれていて、パソコンの後ろからは、シノブにはわからないケーブルが何本も伸びている。それが、部屋の壁にある、コンセントやネット回線につながっている。建築途中のラブホテルに電気やネット回線がかよっているはずはないのだが、どういうテクニックを駆使しているのか、シノブは知らないし、聞こうとも思わない。どうせ、隣の漫画喫茶から無断で拝借しているくらいのことだろうが。

「それじゃ、はじめるわよ」

 ハッチャンはノートパソコンの画面を立てると、腕が鳴るといわんばかりに、揉み手をする。

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