客が来ない

「ごめんね~歩夢。犀川ちゃん、連れて来れなかったよ」

「そうですか……」


まぁ、あいつなら、断ってもおかしくないなとは思ってた。

あんまり、人付き合いとか、好きじゃなさそうだし。


「そっか。直美、来ないんだ……」


九条が、寂しそうに呟いた。


「初めまして。那古野森学園の教師を務めています、文月路愛です」

「あぁどうも。私は明美の父の、九条武三です。いつも娘が、お世話になっております」

「私は百瀬帆慕里です! こんにちは!」

「元気がいいね……。こんにちは」


武三さんが、二人に笑顔で挨拶をしている。


次に、なぜか俺の方を見た。


「なんですか?」

「……武藤くんの周りには、綺麗な女性が多いね?」

「……えっと」


一番好きな人は、今日来てないですけどね。

……とは、言わないけど。


「そうですね。恵まれてますよ。本当に」

「その中でも……。どうだろう。ウチの娘。明美なんだが……」

「お父さん? 変なこと言ってない?」

「あ、あぁいや。え~っと! お二人とも、注文はいかがなさりますか?」


誤魔化すように、武三さんが、二人のテーブルへと向かった。


すぐに、九条がこちらへ駆け寄ってくる。


「武藤。お父さんの言うことを、気にしたらダメだからね? 適当しか言わないんだから」

「そ、そうか……」

「そうなの」

「わかったから……。そんな怖い目で睨むなよ」

「睨んでない。強めに警告しただけ」


怖っ……。


「さて、じゃあ二人とも。メニューの取り方から教えようか」

「あっ、はい!」

「は~い!」


怖い顔をしている九条から逃げるようにして、俺は武三さんの元に向かった。


☆ ☆ ☆


「うん! 二人とも、覚えが早いね」

「ありがとうございます!」

「わ~い! 褒められた!」

「あとは……。お客さんが、どんどん来てくれれば、それに越したことはないんだが」


武三さんが、ため息をついた。


確かに、今いる客は、文月先生と、モモ先輩だけだ。


放課後、ちょうど夕方辺り……。

喫茶店なら、お客さんがたくさんいても、おかしくない時間帯ではあると思う。


「ちなみに、お昼はどのくらいのお客さんが来たんですか?」

「……ははっ」


武三さんが、乾いた笑いを放った。

……マジかよ。


「お父さん、二人も新しく雇ったけど、給料払えるの?」

「も、もちろん! そこまで切迫してないよ!」

「本当かな……」


九条がため息をついた。

これは……。なんとかして、知恵を振り絞らなければ。


……こういう時、頭の回る犀川が、いてくれたらいいのにと、思ってしまう。


「よ~し! じゃあ、みんなで考えよう! 喫茶ジョーカー、大変身作戦!」


モモ先輩の号令で、俺たちは一つのテーブルに集まった。

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