キモい。嫌い。
「良い? このクッションを越えたら、ぶん殴るから」
「わかったよ……」
諸々済ませ、俺たちは布団に入っているのだが……。
そんな俺たちの間には、クッションがいくつか置かれている。
これを越えた場合、犀川に殴られるらしい。
それでも、布団から追い出さないだけ、優しいと思えた。
「……なぁ。犀川」
「何」
「あのさ」
「言っておくけど、さっきの公園の話の続きをしたら……。出て行くから」
「わかってるって……」
「じゃあ、何」
「……過去の話を、しようと思って」
「過去?」
背後に、犀川の熱を感じる。
クッションを挟んでいるとはいえ……。俺の背中が、ビシビシと、その温もりを感じてしまっていた。
ちなみに、向かい合うことも禁止されている状態だ。
「俺が初めて、犀川を見た時の話」
「……NGワードを設定します」
「なんだよ」
「好き、惚れた、以上」
「……もう、気づいてるんだな。犀川」
「ずっと気づいてる。でも、言わないで。キモい。嫌い」
酷い言われようだ……。
それでも犀川は、どうやら話を聞いてくれるらしい。
「あれは、一年生の時だ。犀川のことなんて、名前も顔も知らなかった」
「……うん」
「犀川がさ、運動場に向かう道にある、ちょっとした花壇みたいなところを見て……。笑ってたんだよ」
「覚えてない……」
「だろうな。犀川にとっては、何でもないことだったんだと思う」
花壇を見て。
花だったのか、それとも、花に止まっている蝶だったのか……。
わからないけど、とにかく、笑っていた。
そして――。
その笑顔に、ビビッときてしまった。
「……まさか、それで?」
「それだよ」
「バカみたい……。私の名前も、性格も知らなかったくせに」
「でも、そういうもんだと思うぞ」
「何語ってんの。キモいよ」
「キモくて結構。話は終わりだ。つまらなくてごめんな」
「本当……。つまらない」
「そうだろ」
「キモいし……。キモい」
キモいし、キモいって。
ただ、キモいだけじゃないか。
だけど、犀川は笑ってくれた。
「なんで笑うんだよ……」
「いや、ほんと……。ははっ。バカな理由だなって思って」
「……言わなきゃよかった」
「ごめんごめん。なんか、見直したかも」
「マジで?」
「あ、こっち見ないで。キモい」
振り返ろうとしたら、クッションを押し付けられた。
犀川は、こちらを向いているっぽい。
「お前だけ、俺の背中を見るのは、卑怯じゃないか?」
「意味わかんない。なんで?」
「背中って、隙だらけだし……」
「私から何かすることなんて、あると思う?」
「わからないだろ。そんなの」
「……別に、良いけど? ちょっとだけなら、こっち見ても」
「……いいのか?」
「……うん」
俺は……。
ゆっくりと、寝返りを打った。
犀川の顔が、少し離れた位置にある。
……可愛いよなぁ。本当に。
「鼻息荒い。キモいよ」
「キモいって、何回言うつもりなんだよ」
「キモい」
「カウントしてやろうか」
「キモい」
「二回」
「キモい」
「三回」
「嫌い」
「おい……。紛らわしいものを混ぜるなよ」
「ふふっ。ほら、早く寝たら?」
……寝れるかよ。
こんなに近い距離に、好きな人がいるのに。
「犀川が寝たら、寝るよ」
「私も、武藤くんが寝たら、寝るから」
「なんだよそれ……」
「だって、何されるかわからないし」
「何もしないって。殴られたくないから」
「……一緒の布団で寝てるのに、何もされないのも、なんかムカつく」
「……そういうこと、冗談でも言うなよ」
「言ってみたかったから。こういうの」
犀川が笑った。
心臓の鼓動が、どんどん早くなってる。
「……あっ」
「どうした?」
「薬飲むの忘れた」
「えっ」
「やばい。今何時?」
「えっと……」
枕元のスマホに、手を伸ばそうとした、その瞬間。
急に、その手から、力が抜けた。
「な、なんだこれ……」
「ごめん武藤くん……。ちょうど効果が切れたみたい」
「えっ……。あぅ……」
犀川の匂いが、鼻から侵入して、そのまま脳みそに……。
俺は一瞬にして、気を失ってしまった。
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