第63話 森の民の歓待

 水源の湖から下流へ沿って南西へ下った森の中に、仮称ガーグ族の集落はあった。


 森を切り開き、その材木で組んだと思われる木造の家屋が軒を連ねている。

 メインの柱に丸太を据え、泥と草等を混ぜて作ったレンガを合間に積んで強度を上げてある。

 屋根も木枠の上にレンガを積み、その上で大きな植物の葉を幾重にも重ね合わせて防水加工を施している。

 屋根の中央には煙突が据えられ、煙が上がっていた。中に囲炉裏でも有るのだろう。

 素材は原始的とはいえ、それなりの建築技術だ。雨風を凌ぐには十分である。


 サンデーが訪れた集落は、2000の兵を擁するには少々手狭であった。大きな広場を中心として、平屋の家屋が200戸程あるかという所だ。

 族長によればこの集落を中心として、一定間隔で分散して点在しているという。

 小分けしたそれぞれの集落で外敵を見張り、一部で異変があれば即座に集結する。そうやって広い縄張りを維持しているのだ。

 この中央に位置する集落は、一族の長が治める地域で、政や宴の際に各地域の代表が集まるために、特に大きな家屋が広場の中心部に建っていた。


 族長がサンデーとエミリーを伴って帰還した集落には、部族の有力者が集まり、報告を待っている所であった。

 族長により黒い災厄を見事に撃退した功労者との紹介をされ、サンデーは感謝と共に大歓迎を受ける事になった。


 すぐさま広場では宴の準備が始まり、至る所で喝采が上がる。やはり相当後が無かったのであろう。戦が回避できた解放感からか、俄かに集落は活気づき、喧騒が広がって行くのだった。


 そんな中、サンデーとエミリーは族長の家へと招かれ、接待を受けていた。件の広場の中央にある大きな家である。


「水源など頭の痛い話は残っているが、今日の所は素直に、かの脅威が去った事を喜んでも構うまい」


 大きな囲炉裏を囲み、草を編んだ座布団に座っている所へ、木彫りの膳に盛られた食材が目の前に運ばれてくる。


「あの素晴らしき茶を馳走になりながら、このような物を出すのは躊躇われるのだが」


 膳には大きな葉を巻いて蒸し焼きにした魚や、木の実や茸類を煮込んだスープ。獣の干し肉等が並べられている。


「我らは元々粗食故、もてなすと言ってもこの程度しか用意できぬのだ」


 恥じ入るように頭を垂れる族長へ、サンデーが首を横に振って見せる。


「いや、立派な食事だとも。有難く頂こう。その地の物を食すのが旅の醍醐味というものでね」

「そう言って貰えるならば。ああ、一つ我らにも自慢できるものがあった」


 台所から新たに盆を運んできた者から何かを受け取ると、族長はそれを掲げて見せた。


「我らが仕込んだ森の恵みの結晶よ」


 言いながら小さな樽の形をしたコップを、それぞれサンデーとエミリーに手渡した。

 口元に寄せると、ふわりとアルコールの中に樹木の香りが広がる。透き通った琥珀色の液体が中に満たされていた。


「ほう、これは珍しい」

「変わった香りですねー。単純に樽で熟成させただけではないですよね~?」


 ウィスキー等を木の樽で長期熟成した場合、その木の香りが移る事があるが、これはそれよりも香りが格段に強い。


「うむ。皮を剥いだ材木を清き水で浸し、年月をかけて解していく事で酒精が生まれた物だ。それを更に蒸留するとこのようになる」

「成程~。木そのもののお酒ですか~」


 エミリーが感心しつつ、早く味見をしたいと目で訴えている。


「ふむ、そちらは随分好き者と見える。それでは魔女殿、ささやかではあるが、我らの宴を受け取って貰いたい」


 人種は違えど、酒を嗜む者に共通する文化がある。


「魔女殿に深き感謝を」


 族長の言葉に、三者が同時にかつりと杯を鳴らす。

 そう、乾杯は万国共通なのだ。


「ふわ~、森の空気を濃縮して飲み込んでるみたいですね~。初めての味わいです~」


 早速一舐めしたエミリーが恍惚と感想を洩らす。

 度数はかなり強いが、木の発する香りによってそれをあまり感じさせない。

 原料は白樺の仲間なのだろうか。甘く濃い独特の香りが鼻から抜けていくのが、何とも言えず心地良い。ブランデーにも似た豊かな香りだ。


「良い酒だ。このつまみにもよく合うね」


 コップを片手に、囲炉裏で軽く炙った干し肉へ齧りつくサンデー。


「この肉も同じ種類の樹で燻製にしているのだね?」


 噛めば噛むほど味が出て、独特の香りが口内に広がる。


「然り。この森では珍しくない樹だが、余す所なく使えて重宝している。樹皮を燃やせば燃料や抹香としても使え、葉や枝は蒸し風呂にも使う」

「サウナですか~いいですね~」


 すでに一杯を飲み干し、囲炉裏の脇に置かれた、酒がなみなみと入った桶から、柄杓でお代わりを汲み取るエミリー。


「我らは水浴びはせぬが、代わりに蒸し風呂にはこだわりがある。良ければ後で案内しよう」


 族長は並べられた食材に口吻を突き刺し、内側へ消化液を流し込み、それを啜るという食事法を取っている。それとコップの酒を交互に摂取していく。

 サンデー達とは全く別の食事スタイルだが、お互いにそれを指摘する事は無い。

 完全に別の種族なのだ。それらの食文化をいちいち比べる事こそ無粋というものだ。


 サンデーは蒸し魚を素手で解して口に運ぶと、スープと一緒に飲み込んだ。

 魚には味付けはされていないが、適度に脂が乗り、噛むごとに素材本来の味がじゅわりと染み出す。それを茸の出汁が程良く出たスープと共に味わうのは、素朴ながらも十分なご馳走と言えた。

 それを嚥下した後に、酒をぐびりとやり、次のつまみへと手を伸ばす。

 囲炉裏で揺らめく炎を見ながら飲む酒も、また乙なものだ。

 豪華な宮廷料理も数え切れず食してきたサンデーだが、こういった野性味溢れる食卓にも好感を持っている。

 訪れた地にて、その地ならではの食材を楽しむ。それこそがサンデーの旅行の流儀だった。


 その後も、一族の有力者たちが入れ替わり立ち替わりに挨拶へ訪れ、その度に乾杯を繰り返しながら、宴は夜遅くまで続いていくのだった。




 ガーグ族の宴は日付が変わっても続いていた。

 広場全体を使って多くの者達が飲み、語り、踊っている。

 比較的近くの別の集落からも、似たような喧騒が響いてくる程だ。

 黒い塊に飲み込まれるか、人間達と殺し合うかの瀬戸際だったのだ。それらから解放された彼らの浮かれぶりを責めることはできまい。


 サンデー達は族長自慢の蒸し風呂を堪能し、一時の休憩を取っていた。

 散々飲酒をした後に熱い蒸し風呂に入ったエミリーは完全にのぼせてしまい、今は奥の部屋で休ませている。


 一汗流してさっぱりしたサンデーは、樹木酒の入ったコップを片手に、広場へと足を向けた。


 僅かに朝日が差し、白んだ靄に包まれる広場だが、未だに乾杯を繰り返す者達がそこかしこにいる。


 彼らの輪に近寄っては乾杯に混ざり、感謝の意を受け、再び酒を注がれる。

 そうして飲みながら散歩をしていると、村の片隅に数人のガーグ族が固まっているのが目に付いた。


「やあ、おはよう。君達はもう飲まないのかね?」


 コップを振り振りサンデーが近寄って行くと、4人のガーグ族が一斉にサンデーを振り向いた。


「おお、貴方でしたか。我らは十分飲んだ故、水路の見回りに出ていた所です」


 確か日付が変わる前に、族長の家に挨拶に来ていた有力者の一人だった……はずだ。

 エミリーがいないので尋ねる事が出来ず、サンデーは思い出す事をすぐに放棄した。


「ふむ、水路か。やはり枯れてしまっているかね?」


 上流の湖から引いてきていたであろう水は、貯水池の水位こそまだ残ってはいるが、水路へ流れ込む水の量はすでに僅かだった。

 貯水池は生け簀も兼ねているようで、いくつかの魚影が泳いでいるのが見える。


「ええ、御覧の通りで。族長によれば、今の上流の水は毒が混ざっているらしいので、こうして水門を閉じて回っている所です」

「賢明な判断だ」


 頷きつつコップを傾けるサンデー。

 ここまで普通に会話が成り立っているが、彼らにも黄金茶を振る舞った訳では無い。

 特使として戦場で呼びかけた際にも、すでに彼らに言葉は伝わっていた。

 魔獣との会話をも可能にするように、サンデーの言葉はほとんどの種の垣根を超えるのだ。


「しかし水源がなくなるのは相当に不便だろう。湖に頼り切りだったのでは、井戸の類も無いのだろう?」

「はい。この貯水池はまだしばらく持ちますが、奥地の集落では怪しいかもしれません」


 そう言うと触角が力なく垂れ下がる。しょんぼりといった様子だろうか。


「ふむ」


 空になったコップを手持無沙汰に見詰めながら、サンデーはしばし思案に耽る。


 その思考を引き裂くように、大きな鐘の音が朝靄を切り裂くように鳴り響いた。


 ガンガン!! ガンガン!! ガンガン!!


 その音に、宴に興じていた者達が一斉に立ち上がる。

 それぞれの部隊のリーダーらしき者達が現れ、すぐさま武装し、部隊を引き連れ周囲の森へ散っていく。流石の統率力である。


「敵襲のようです。我らも迎撃に向かいますのでこれにて失礼を」

「ああ。気を付けるのだね」


 彼らを見送ると、サンデーは族長の家へと戻った。


「──魔女殿。不味い事になった」


 こちらを一目見るなり、族長が駆け寄り声を掛けて来る。


「他の者も言っていたが、敵襲かね?」

「然り。今偵察を出しているが、このタイミングで来ると言えば、東の部族しかあるまい」


 憎々し気に言い捨てる族長。


「ああ、何度か耳にしたね。大分厄介だそうだね?」

「うむ。個々の戦闘力では我らとそう変わらぬが、奴らはずる賢い。正面からの戦を好む我らとは相性が悪いのだ」


 サンデーの相槌に大きく頷いて見せる。


「大方、我らの窮状を窺っていたのだろう。今回は気を緩めてしまった我らに落ち度がある。最低限立てていた見張りだけでは持ち堪えられていないやも知れぬ。ここも直に戦場になろう」


 族長は家の中を示すと続けた。


「お二人は今の内に逃れると良いだろう。後は我々の問題故」

「ああ、お構いなく。噂のその部族も一目見ておきたいのでね。助手君が起きるまではここにいよう」

「む。そうか。貴方ならばどうとでもするのだろう」


 どこか納得した様子で族長は触角を動かした。


「しかし、君は私に助けを求めないのだね?」

「自分の土地は自分で守る。それが戦士の本懐だ。その結果、倒れようともな」

「ふふふ、そうか。素晴らしい心掛けだ」


 いつの間にかコップから持ち替えていた羽扇を扇ぐと、サンデーはどこか楽しそうに微笑んだ。

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