第7話『変異種』
「お、おおぉ……なんでこんなに持ってるんだ貴様……?」
「……ちょっとな」
廃墟の中、俺とバンダイは床に並べた二十個以上のビー玉を見ていた。
……こんなの食いたくはない、食いたくはないが、この地獄を生き延びるためには必要だ。背に腹は変えられない。
「二人で十個ずつ食うぞ」
半分をバンダイへ渡し、俺はもう半分を自分の口に詰め込んだ。
……ガラス質なようで、中身はふやけたグミみたいにグニグニした感触。僅かに血らしき味もする。酷い味だ。
「っふ、ぅ……」
飲み込んだ瞬間に、体内を熱が駆け巡る。筋肉が重厚になり際限無く力が入るようになる。肺活量や心拍数も大きく上がった気がした。
ふとバンダイの方を見ると、冷や汗をかきながら魔核と向き合っている。
「いや……いざ食べるってなると躊躇するんですけど……だってビー玉じゃんこれ……」
「おい?」
「それに大体、こういうアイテムって何らかの代償が付き物だし……寿命とか減ったらフルダイブのVRゲームが発売するまで生きるっていう人生の目標が果たせないし……」
「おーい?」
「吾、お腹弱いし……」
「おーい……?」
ぶつぶつと何かを呟きながら、バンダイは俯いた。
それから何かを決心したように顔を上げる。
「よし決めた! 吾は食わんぞ!」
「なんでだよ……」
「とにかくっ! これは貴様に返す! だから貴様が吾を守ってくれ!」
「清々しいなお前」
キッパリ言いながら魔核を全て差し出してきたバンダイから、溜め息を吐いて受け取った。
こいつの事だから喜んで食うと思ったが、実際そうでもないらしい。
俺は返ってきた魔核を口に入れて飲み込んだ。
「おぉぅ……一気にいくな貴様は……」
「あのバケモノ見たろ。こうでもしなきゃ殺されるんだよ」
そう言いながらゴブリンの方へ振り向くと、既に肉体は灰になっていて、その上にスライムより二周り大きい赤珠が鎮座していた。
ゴブリンの魔核だ。予想はしていたがスライム以外のモンスターも魔核を落とすらしい。
俺はゴブリンの魔核を拾い、ゴチュリと噛み砕いた。
「ふぅ……」
壁際に座り込み、これからどうするかを考える。
大通りの方からは今も悲痛な叫び声が聞こえてくる。
……警察の機動部隊や自衛隊が鎮圧に来てくれれば良いが、全国で同時多発的に起こっているなら、この街に割ける人手がそこまで多いとは思えない。
この廃墟だっていつまでも無事とは限らない。それに食料もほとんど無いんだ。
……なら、食料や水道設備が整っている学校などを目指すべきだろう。学校には非常用の電力や食料、寝袋などが置いてあると聞いた事がある。
「行くぞ、バンダイ」
「え、行くって……アニマイトに?」
「頭沸いてんのかお前。学校だよ」
注意しながら廃墟を出て、通りの方へ歩いていく。
……風に乗って、
だがどうせいつかは見なければいけない。俺は意を決して一歩踏み出した。
「……っ、ひっ、どいな」
それは、正に地獄と呼ぶに相応しい光景だった。
肉片がそこらに飛び散り、死体を中心に幾つもの血溜まりが形成されている。
ゴブリンの死体は仲間に共食いされていて、食った側のゴブリンが肥大化して先程の"鬼"へ変貌している。
……殺せたとしても、少しでも死体を放置すればどんどん強い個体が発生していくのか。恐ろしい生態だ。
「な、なんだよこいつ!? 倒したのに、でっかいのが……!」
「やべぇって、やべぇって!」
「男なんだからそのぐらい殺しなさいよっ!? "スライム狩り"したんでしょ!?」
その時、遠くから切羽詰まった男女の声が聞こえてくる。
そちらを見るとそこに居たのは俺と同じ制服の学生。クラスメイトだ。四人居る。
大型のゴブリンに壁際まで追い詰められていた。
「っ……」
全力で走り、二秒足らずでゴブリンの背後まで移動した。
俺の気配に気が付いて振り向いた瞬間に顎へ右ストレートを叩き込む。
「■■■■!?」
「くたばれ……!」
のけぞったゴブリンに追い討ちをかけるため、鳩尾に膝蹴りを入れた。地面に倒れた所で頭を何度も踏み潰す。
そこでやっとゴブリンは灰になった。
……不意討ちしたお陰で楽に倒せた。でも拳が割れるように痛い。次は武器を用意しよう。
「大丈ーー」
「っ、どけカス!」
『大丈夫か』と言おうとして、クラスメイトの一人に突き飛ばされた。
そいつはゴブリンの灰の山を必死の形相で漁って、見つけた魔核を自分のポケットにしまいこんで逃げていった。
残った奴らも、一瞬迷ってからそいつを追いかけていく。
「いってて……」
「だ、大丈夫か友よ!? 助けてやったのに……あの陽キャどもめ。我らをなんだと思っているのだ……」
「……あいつらは俺らの事なんて、道の石ころと同じぐらいにしか思ってないよ」
ズボンに着いた土を払いながら、深い溜め息を吐いた。
学生の間において、スクールカーストと言うのは生態系と同じだ。頂点が肉食獣で、俺らみたいな底辺は虫ケラ。
そんな気色悪い害虫が自分を助けたなんて認めたくないし、向こうからしたら感謝する理由も無いんだろう。
まあ、今更この程度じゃムカつきもしない。こんなの慣れっこだ。
「……じゃ、気を取り直して学校にーー」
「■"■"■"■"■"■"■"■"■"!!!」
ーー耳をつんざく咆哮。
同時に、真横にあったビルが
「んだよ……今度、は……っ!?」
それは、恐ろしく巨体だった。
さっきの"鬼"を更に凶悪に、更に巨大にしたような風貌。
表皮に太い血管がいくつも浮かび上がり、赤熱した傷跡はこの個体の歴然を感じさせた。
身長は軽く八メートルを越えている。
ーーあ、こいつは無理だ。そう直感した。
「あ、あばばぱ……」
「しっかりしろ! 逃げるぞ!?」
バンダイを担いで、巨鬼と反対の方向に猛ダッシュする。
奴が走る度にアスファルトの地面が陥没して地鳴りが起こる。まさに生きた災害。キングコングも真っ青だ。
こういうのは怪獣映画から出てこないで欲しい。
「は、発砲する!」
巨鬼の進路の先、拳銃を構えた警官が俺へそう言った。
それから幾度かの銃声、発射された銃弾は巨鬼のブ厚い胸板に食い込んで止まった。まるで効いていない。
駄目だ。
しかし多少の痛みはあったのか。
巨鬼の標的が俺から警察官の方へと向いた。
あっという間に握りつぶされ奴の超常の握力で警察官の体がミンチになった。
ボリボリという咀嚼音に耳を塞ぎたくなる。
「はぁ、はぁ……! 撒いたか……!?」
「あ、あぁ。もう追ってきてないぞ」
その言葉に安心し、思わず地面にへたり込む。
なんとか、助かった。あの巨鬼を倒すのは今の俺じゃ絶対に無理だ。次元が違いすぎる。
ビル群の向こう側からあいつの暴れまわる音が聞こえてきた。おもちゃのジオラマみたいに崩壊する街。
まるでゴジラだ。本当に規模が違う。
……とりあえず、もう少しあいつから距離を取ろう。
そう思いながら、俺は立ち上がる。
「君たち、こちらへ」
「……え?」
その時、背後から男の声が聞こえた。
振り向くと、そこに立っていたのは白フードの集団。
全員が純白のコートを着込み、胸のバッジには『神の存在証明』と記されている。総勢二十人ほど。
……なんだこいつら。危ない宗教か何かか?
俺たちに声をかけた先頭の奴は、手に持ったアタッシュケースを地面に置きながら横に停めた車の扉を開ける。
「……誰ですか?」
「私たちはしがない慈善団体ですよ。この街の人々を救済しに参りました。この車に乗りなさい。我々のシェルターか、ご希望なら自宅までお送りします」
白フードの男は、丁寧かつ穏和な口調で俺にそう告げた。
……凄まじく胡散臭い。
シェルター? しかも救済とはなんだ。
「救済?」
「えぇ、そう。救済です……おい、組み立ては終わったか?」
「こちらに」
部下らしき別の白フードが、男に黒い筒上の物体を差し出した。恐らくアタッシュケースに入っていたのだろう。
近年のバトルロワイヤルゲームなどで良く見かけるそれはーー俗に言う、
……本物、か? そんなわけが無いが、なぜか頬を汗が伝う。
「この街から異界徒どもを一掃します」
ビルの隙間から見える
手袋に包まれた男の指が、引き金を引く。
ーー瞬間、何かが弾けるような音。
「っ! マジ、かよ……!?」
轟音と共に発射された巨大な弾丸は、巨鬼の肩に命中して大爆発を起こす。
奴の肩が根元から吹き飛び、洪水のように血液が吹き出た。
嘘だろ、本物の兵器……!?
「■■■■■■■!?」
巨鬼が、苦悶の声を上げながらこちらを向く。そして傷口から蒸気が発生したと思った瞬間、肉がもりもりと膨張して腕を再生させた。
「ほう、欠損部位の再生も可能なのか」
怒りの咆哮と共に突進してくる巨鬼を見ながら、男は冷静にそう分析する。
ロケットランチャーでも一撃では殺せないのか。
俺がその生物として常識外れな耐久力に唖然としていると、奴らの車から声が聞こえてきて『乗りなさい』と言われた。
選択肢はほぼ無いような物だった。巨鬼から逃れるため、俺とバンダイはそこに乗り込む。
「どこまでお送りしますか」
「……俺は、家まで」
「わ、吾は、安全な場所まで……」
『承知しました。では道案内をお願いします』と言って、ドライバーは車を発進させた。背後から、銃声と爆発音が聞こえてくる。
……一体何者なんだこいつらは。目的はなんだ? 軍ではないだろうに、なぜあんな兵器を持っているんだ。
「……何が目的なんですか?」
「ただ、善を成す事です。それこそが我が主の存在証明になります」
わけの分からない解答をしながら、運転席の白フードが瓦礫の街を縫うように車を走らせる。
そうして数十分後、俺の家の近くで車が止まった。
俺は車から降りて運転席へ頭を下げる。
「あ、ありがとうございました……?」
「いえ、人は助け合いですから。力を持つ者は、持たざる者を庇護する義務があるのです」
微笑んでそう言い、白フードの乗った車は去っていった。
……本当に、何もされなかった。どこかに連れ去られるのかと身構えていたが。
若干拍子抜けな気持ちで、俺は家まで歩いていく。
坂を登り、祖母の残した武家屋敷が見えてくる。遠くから見た感じ破損は無さそうだ……良かった。
「ただい、ま……」
「おかえり。朝のあれ役に立ったろ? そろそろ第二波が来るかもとは思ってたんだ」
家の前まで来ると、玄関口の段差にスティルシアが座っていた。
いやそれは良い。その近くにあった『モノ』を見て俺は、口をぽっかり開けたまま固まってしまう。
ーースティルシアの目の前、
「ぁ、あ……!? なんで、こいつが……!」
「あぁ、これかい? 私の魔力を嗅ぎ付けてきたみたいでね……まあ大した奴じゃなくて良かったよ。君とお婆さんの、大切な家を守れて良かった」
そう言いながらスティルシアは、その端整な顔をにぱっと笑顔にした。
スティルシアが倒したのか……? こいつを。俺は少しずつ灰になっていく巨鬼を唖然と見る。
ロケットランチャーでさえ腕を吹き飛ばすのが精一杯だったのに、胸部がくり抜かれたみたいに直径三メートル程の風穴が空いている。一体、どんな凄まじい力で攻撃すればこうなるのか。わけが分からない。
「……お前、今日こんな事が起こるって知ってたのか?」
「ううん、単なる予想だよ。ヤマカンってやつだね。スライムを送るのに成功したならきっと奴らはすぐ次に移る。だから君に魔核を持たせた。本当は私が着いていきたかったんだけど……場所が学舎じゃ、流石に無理があるだろ?」
……もしかして、本を買いに行く時に着いてきたのも、俺を守るためだったのか?
当の本人はにこにこしているだけで何も言わない。
「……まさか、先週着いてきたのも」
「それは君とお出かけしたかっただけだよ!」
「……なんなの? お前ってさ……」
__________________
file2ーex【『
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