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 座敷に通された希ちゃん。正座している希ちゃんを取り囲むように、三人の弟達が座っている。家には女の子がいないから、綺麗な女子高生が珍しいらしく、三人に周辺をガッチリ囲まれ、俺が近付く隙もなかった。


 キッチンでジュースを用意していたお袋に、俺は思わず詰め寄る。


「なんで、あいつらがいるんだよ」


「あいつら? ああ、可愛い弟のことね。今日は少年野球の練習がないんだよ。言ってなかったっけ? 丁度良かったよ」


 何が丁度よかっただ。

 最悪なシチュエーションだろ。


「親父こそ、なんでいるんだよ。スーツまで着ちゃっておかしいだろう」


 お袋はスカートを翻し、ニマッと笑う。


「あははっ、二年ぶりのスカート、新調しちゃった。父ちゃんは『涼が女の子を連れて来る』って言ったら超張り切っちゃって、有給休暇取ったんだんだよ。可愛いでしょう? 慣れないネクタイも必死で結んでさ、惚れ直したねぇ」


「全然、可愛くねぇよ。女子が遊びに来ただけなのにわざわざ有給休暇取るなんて、ありえねーよ」


「だって、有給休暇いっぱい余ってたからね。楽しいことはみんなで共有しないとね」


 何が共有だよ。

 俺と希ちゃんはまだ交際を始めたばかり、それなのにリスクを課せられた気分だ。


「チビ達のタイムリミットは三十分くらいだからさ。三十分したら父ちゃんが三人連れて駅前のゲームセンターに行くって言ってたから、それまで我慢しなさい。家族で涼の彼女をもてなしているんだから、ガタガタ言わないの」


 これがもてなし? これは罰ゲームだ。

 お袋に逆切れされ、俺は楽しいどころか、全然面白くない。


 テーブルにはオレンジジュースや駅前のケーキ屋で買ったショートケーキ。希ちゃんのお土産はデパートで購入したお洒落なチョコレート。完全にショートケーキが負けている。


 怪獣の食欲はいつも以上で、俺に残すことなく全て食い尽くした。これには希ちゃんもさぞかしゲンナリしているだろう。


 そんな俺の心配をよそに、三人の弟達と楽しそうに遊んでいる希ちゃん。


 トランプにすごろく、とうとうテレビゲームまで始め、三十分経っても、一時間経っても、親父は根を生やしたように動きもせず、その様子を眺めている。


 希ちゃんと弟達は俺の存在をすっかり忘れて超盛り上がり、お袋はいそいそと夕飯の支度まで始めた。


 冷蔵庫から取り出したのは牛肉。

 まさかの焼肉……?


 じゃがいも、玉ねぎ、人参……。

 何だよ、大家族には定番のメニューじゃないか。


「希ちゃんはカレー好き?」


 初めて彼女を家に招いて、カレーだなんて。しかも最後に取り出されたのは、市販のルーだ。


 もはや溜息しか出ない。

 希ちゃんがスクッと立ち上がる。


「私、カレー大好きです。お手伝いしてもいいですか?」


 お手伝い!?

 そんなことをしたら、この家から逃げ出せなくなるだろう。


「お姉ちゃん、まだゲームで遊ぼうよ」


 普段聞いたこともないような甘えた口調で、恵が希ちゃんにスリ寄る。


 お前は子役か。

 どこからそんな猫なで声が、出るんだよ。


 希ちゃんは動じることなく、家族と和気藹々と過ごし、器用にじゃがいもの皮を剥きながら料理を作っている。


 俺は約束通り三人を連れ出さなかった親父を横目で睨みながら、椅子に座りふて腐れたままテレビを見ていた。

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