ACT10「お前がどうしてここにいる!?」

 違和感。

 いいや、違和感なら今まで数えきれないほど身に覚えがある。

 だがこれは不可解ではなく明らかなものだ。

 自宅の鍵が、開いているのだ。

 鍵をかけ忘れることはあり得ない。何故なら一年半以上の間、この家には僕ひとりだけしか暮らしていないのだから。父さんは単身赴任で海外へ行っている。母親は僕が物心つく前にはもう居なかった。理由はともあれ離婚したということだけは聞いている。万が一の可能性を考えて父さんが帰っていることも考慮してみるが、だとすれば事前に連絡が入っているはずだ。それについ三日前ほどに「今年中の帰国は難しい」とメッセージがきたばかりだ。となれば、空き巣の類だろうか。

 家に入り、なるべく音を立てないようにそっとドアを閉めた。

 父さんが昔使っていたという、下駄箱の傘立てに突っ込んだまま放置されている金属バットを武器として引き抜き、ゆっくりと靴を脱いで廊下を歩く。

 この家には僕しか居ないことを知っての犯行だろうか。もしも僕の手に負えないような奴が侵入していたとするのなら、家の中に入る前に警察に通報するべきだったかもしれない。犯人が凶器を持っていたら、または複数犯だとしたら?

 まずはリビングを確かめる。

 荒らされた様子はなく、僕が朝に家を出たときのままだ。

 金目の物を狙うなら、二階の父さんの寝室か。

 階段を恐る恐る上る。すると、そこに行くまでに通る僕の部屋で物音がした。身を屈めつつ、おもむろに近づいてみる。そして閉じられたドアに耳をつけてみると、何やら電子機器の稼働する音と、カタカタとキーボードを操作する音が聞こえた。僕のパソコンを弄っているのだろう。けれど、何のために?

 考えていると、部屋のドアが唐突に向こう側から開け放たれた。

 僕は慌てて力任せに金属バットを振り回す。

 命中した感触は無かった。それどころか、バットは振った方向で停止したまま落下することも、前進することも無かった。咄嗟に瞑ってしまった目をゆっくりと開くと、バットは侵入者の手によって受け止められていた。

「その程度の攻撃では、私は倒せませんよ」

 部屋から出てきたのは、風祭だった。

「お前がどうしてここにいる!?」

 僕は命の危険を感じて、バットから手を放し後ずさりした。

 そんな僕を何食わぬ顔で見る風祭。見れば受け止めた金属バットのほうがぐんにゃりとひしゃげている。あの片瀬と同じく、この風祭とかいう少女も、やはり人間ではないのか。だとすれば僕には勝ち目がない。

「こちらにお邪魔する許可は得ていますよ、未来の貴方にね」

「未来の……僕だって?」

 と、風祭の先に見慣れない人形のようなものが横たわっていることに僕は気付く。その人形は風祭と同じ制服を着ていて……

 人形じゃない、今朝見たあのロボット――片瀬だ。

「片瀬……なんでここに」

「ああ、あれですか? あのまま学校に置いても仕方のないものですから、回収しました」

 風祭は冷静に言う。

「ということはやっぱり、なにもかも、現実……」

「今日起こったことはすべて現実です。ですが唐突すぎましたね。ショックを抑えきれないのは当然だと思います。ですから一応保健室で眠ってもらっていたのですが、御気分はいかがですか?」

「良いわけないだろ」

 僕は額に手を当てる。頭痛がやまない。呼吸も荒々しくなって制御が効かない。

「ヴァイタルに強い乱れ……精神的外傷……少し休みましょう?」

 ふらつく僕の肩を抱え、風祭はすかさずフォローする。

「……十分、休んだ」

「もう少しだけ、リビングで」

 だんだんと頭痛がひどくなっていくのを感じる。

 風祭はまた腕時計を操作して何かを空中から取り出した。

 拳銃に似ていたが、その銃口を僕の首筋に当てて、何かを注入した。冷たい感覚と共に意識が朦朧としていくのがわかる。

 風祭に抱きしめられたまま、僕の意識は遠のいて、やがて完全に途絶えた。

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