勇者

第43話

 リーヴァスバレーを発って数日。すでに宿でのベッドが恋しくなるころ。

 レミューリアへ至る道のりはまだまだ長いが、毎日の日課として続けている事がある。

 薪の向こう側に座るヴィオラへ、昨日と同じ質問を投げかける。


「どうだ、ヴィオラ。イベルタの居場所はわかりそうか?」


 その質問が来ると分かっていたのだろう。

 ヴィオラは決まりきったように首を横に振った。


「ダメね。何故か正確な居場所が特定できないわ。こんな事、初めてなのだけれど」


「だがレミューリアにいるのは確実なんだろ?」


「それは、そうね。間違いなく街の中にいると断言できる。でも街のどこに居るかは、まだわからないの」


 断言するヴィオラだったが、少しばかり悔し気な表情が浮かぶ。

 その能力に苦しんだ彼女が初めて自分から相手の居場所を知ろうとした矢先、その能力が望んだだけの能力を発揮しなくなる。

 どれだけヴィオラが歯がゆい思いをしているのか、俺には推し量る事すらできない。

 だがそれでも、諦めずヴィオラはイベルタの居場所を特定しようと励んでくれていた。

 

 今までの行動を考えるに、イベルタは非常に広い情報網を有している。

 となれば俺達がローナとフォルテナを始末し、追跡者と手を組んだことは伝わっている可能性が高く、別の場所への逃走が考えられた。

 しかし、イベルタは別の場所へ逃げることはせずに、レミューリアに留まっているらしい。

 すでに俺達を迎え撃つ準備が整っているのか、それとも俺達程度では脅威にならないと判断しているのか。 


 イベルタが移動しない明確な目的や原因は不明だが、余り好ましい状況でないのは確かだ。

 ヴィオラの能力があれば敵の奇襲や、相手の思惑を少なからず看過できたはずだが、当てが外れた形になる。

 大陸全土に散らばっている敵の構成員に比べて、こちらはたったの三人。 

 数の上では圧倒的は不利となっている。


 相手は万全の状況で待ち構え、俺達がそこへ乗り込む。

 それがどれだけ危険を伴うか、考えるまでもなかった。

 

「ファルズ、お前は街には入るな」


 そんな事を口走る俺を見て、ファルズは赤い目を丸くしていた。

 そして徐々に剣呑な光が宿り始める。


「急にどうしたんだい?」


「今までの事を考えるに、イベルタは俺達の動きを把握してる。俺がレミューリアに向かう事は向こうも予測しているはずだ」


「危険だから街には入るなって? それは冗談のつもりかい?」 


 今にも飛び掛かりそうなファルズの様子を見て、うれしく思う自分もいる。

 復讐と言う褒められた目的ではないにせよ、自分の身を案じてくれる相手がいる事に対してだ。

 ただそれだけに、ファルズを巻き込めないと思う感情の方が勝っていた。


「お前はイベルタと戦う理由がない。復讐相手は別にいるはずだろ」


 突き放すような言葉を受けて、ファルズが少しだけ怯む。

 どうでもいい相手ならば、ここまでしない。

 使い捨ての戦力として考えているだけなら、こんな忠告はしなかった。

 仲間だからこそ、戦いに連れてはいけないのだ。


 俺とファルズはゴールズホローでパーティを組んで以来、行動を共にしている。

 それは共通する目的を持っていたからに他ならない。

 深淵を攻略する、イノーラの解毒に必要な薬草を取りに向かう。

 そして復讐相手を居場所を突き止めるために、ヴィオラの元へ向かう。


 それらの目的は果たされ、すでに俺達が共に行動する理由は無い。

 イベルタへ復讐をする意味が無いのだ。

 しかしファルズはヴィオラと目を合わせると、小さく頷いた。

 

「あぁ、それそうなんだけれどね。実をいうとファルズは別の用事があるのよ、レミューリアに」


「なに?」


「もうヴィオラに聞いたんだ。僕が復讐すべき相手がどこに居るのかを」


 いつ、と言う質問は出なかった。

 街を出てヴィオラとファルズは着実に距離を縮めている。

 以前のわだかまりもあったが、それを乗り越えたからこそ絆も深まったのだろう。

 

 夜には二人で会話をしている声が耳に入ってくることが多い。

 ファルズがヴィオラに復讐相手の居場所を聞いていても、おかしくはない。

 だがそれが俺達と共に街へ向かう理由になりえるとは思えなかった。 

 ただ一つの可能性を除いては。


「まさかとは思うが」


「あの街にいるんだ。僕の故郷を焼き払った相手が」


「その相手がイベルタと関りがあるのかは、わからないわ。でも一応は用心すべきだと思ったのよ。だから三人で動くのが、一番安全ね」


 とっくに知っていたであろうヴィオラは、落ち着き払った様子でそんなことを口にする。

 ただ俺にとってその報告は、新たな頭痛の種となりそうだった。


「どこまで行っても、その名前が付きまとう。どこまでが奴の考えた事なのか。どこまでが奴の責任だと言えるのか。本人に会えばわかるのか」


「分からないわね。言えるのは、イベルタがなにを考えていようと、相応の責任を取らせるだけよ」


「アクトも難しく考えるんだね。君なら、問答無用で切り捨てる物だと思っていけど」


「そうね。だからどうした?って具合に」


「これまでなら、そうしていた。だがイベルタへの復讐が見えてきた今、考えるんだ。復讐が終わった後の事を」


 どこか楽しそうなふたりの会話を聞きながら、空を見上げる。

 全てが終われば、以前の様な日常が戻ってくると思っていた。 

 しかしそれが希望的観測論だったのだと理解した。

 

 イベルタへの復讐が終われば、恐らく日常に戻る事は難しい。

 組織で動くイベルタへの復讐は、すなわち組織からの報復を意味する。

 日常生活を送る以前に、命を狙われることになる。


 それどころかレミューリアが俺達の死地になる事も、十分に考えられた。

 出来ればふたりは以前の暮らしへ戻してやりたいが、それも難しいだろう。

 それか、彼女たちはそれを知りながら、ここまで明るく振る舞っているのか。

  

 この復讐の道を選んだ事を、後悔はしてない。

 しかし彼女達をここまで連れてきてしまったことには、少しばかりの罪悪感を抱いていた。

 とは言え、それらはすべてが終わってからの事だ。


「いや、やめよう。終わってもいない復讐の後の事を考えるのは、意味がないな」


 これが問題の先延ばしだということは、わかっていた。

 結局、復讐とは悪意の報復であり、自分達にもそれが返ってくるというだけの話だ。

 であるならば、甘んじて受け入れるべきなのだろう。


 今は考えても変わらない事よりも、目の前の問題に集中するべきだ。 


「確実に仕留める。イベルタと、その協力者達を」


 目的地である湖の都を前にして、再び決意を固める。

 どんな結果が待っていようとも、この命に代えても必ず殺す。

 全てを破壊し尽くし、終わらせる。


 ただ、俺達はなにひとつとして理解できていなかったのだろう。

 自分達が戦おうとしている相手が何者なのかを。

 いったい何を相手に、戦っているかということを。

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