第20話

 俺の予感は、もっとも望まなかった形で的中した。

 地響きの元凶は、狂ったように坑道の壁に拳を叩きつけていた。

 見上げる程の、岩の巨人ロック・エレメンタル。


 凄まじい大きさを誇るだけあり、その一撃は容易に岩をも砕く。

 このまま坑道の壁を破壊させ続ければ、すぐにでも崩落する可能性があった。


「なんでロック・エレメンタルが活性化状態になってるんだ!」


「知らないよ!」


「知らない訳があるか! あの怪物が動き出す条件はふたつ! 先に攻撃を受けるか、視界に獲物が入るかだ! お前がそう話したんだろうが!」


 自分が冷静さを保っているとは思えないが、それでも先ほどの会話を忘れるはずがない。

 通常、ロック・エレメンタルは巡回しているだけで、起動する条件はたったふたつだとファルズは答えていた。

 そして確実に言えることは、俺はそのふたつのどちらもしていないということだ。

 だがそんな怒号さえもかき消える程の轟音が、坑道内を反響する。


「本当に知らないんだ! それに僕が嘘を君に教えてなんの利点があるんだよ! ロック・エレメンタルを起動させたら僕だって命が危うんだ!」


「なら教えてくれ! 俺達の他に誰もいないこのダンジョンで、俺以外の誰があの魔物に手を出したのかをな!」


 それは、嘘偽りのない俺の心からの疑問だった。

 この深淵はギルドに管理された特別な坑道だ。

 一般の採掘者が立ち入ることは出来ないと、受付嬢も言っていた。


 そして俺達以外にこの深淵に誰も入っていないことは、事前に確認してある。

 つまりあのロック・エレメンタルは俺以外の誰かが活性化状態にした事に他ならない。 

 それはある答えを明確に示していた。 


「聞かせてくれ。ギルドが管理している出入口の他に、この場所へ入る方法はないのか?」


「僕の知る限りはないよ。ギルドもそんな方法は把握していないと思う」


「なぜそう言い切れる。他の坑道と繋げた連中がいるかもしれないだろ」


「この場所に来る意味がないんだ。凶暴な魔物となんの価値もない鉱石の為に、この凶悪なダンジョンに入る意味はないんだよ。だからギルドもこの深淵の調査は中途半端なままで放置してる」


「なんの価値もない?」


「その鉱石はギルドの協力者に渡して初めて効力を発揮するんだ。だからそれだけを洞窟から盗み出しても意味はないんだよ」


 どこか諦めた様子で訴えるファルズ。

 その姿を見て、なにかが頭の中で引っかかっていた。

 

 ギルドはこの深淵を、ただの試験場として見ている。

 それは下層にある鉱石を持って帰れるだけの実力があるかを見定めるためだ。

 そしてその鉱石はギルドの協力者に届けられなければ効力を発揮しない。

 つまりこの場所へ侵入する意味も理由も、まったくの皆無ということになる。

 だが、それはギルドの価値観で見た場合だ。


 ギルドの試験場としては価値がなくとも、相対的に価値を生み出せる連中がいたとしたらどうだろうか。

 この深淵に呼ばれるのはギルドの目に留まった、一定以上に成果を残している冒険者となる。

 つまりこの深淵に呼ばれる冒険者達は一様に、商売敵になりうる相手ということだ。


 そしてその商売敵には、復讐するには十分な私怨があったとすれば。

 不慮の事故に見せかけて、魔物に殺させることも十分に視野に入るのではないか。

 それこそ、ファルズが行ったように。


「あぁクソ、そうか」


 ファルズに恨みを抱いていた連中が、別の場所から深淵に道を繋げ、意図的にロック・エレメンタルを起動させる。

 俺達はロック・エレメンタルとの戦いを強いられ、その連中は繋げた道を塞いで逃げればいい。

 あくまで可能性の話だが、この状況の説明はできる。

 

「これはお前を殺したい連中が仕掛けたことか。あわよくば俺も殺せたらとでも思っていたんだろうな」 


「でもロック・エレメンタルを使うなんて。下手をすれば近くの坑道だって崩落するはずなのに」


「復讐の為ならどれだけの労力も危険も犠牲も惜しまない。それは俺達がよく知ってることだろう」


「それ、は……。」


 ファルズはなにかを言いかけて、そのまま言葉が途切れる。

 

 復讐心を抱いているのは、なにも俺やファルズだけではない。

 ファルズがイベルタを殺したことで生まれた憎しみが、彼女の元へと戻ってきているだけの話だ。

 ただ誰がこんな状況を作り出したのか、論議する時間はない。

 これ以上、ロック・エレメンタルが坑道を破壊すれば、崩落の危険がある。


「あのデカブツを黙らせるにはどうしたらいい?」


「効果的なのは核を破壊するか、体を構成してる岩の大部分を壊すかだけれど。どっちにしても、容易なことじゃないよ」


「あぁ、容易じゃないな。だが地上戻るにはアレを破壊しなきゃならない」


 ただファルズは短剣の扱いには長けているが、岩の体を持つ相手は不得手だ。

 となると実際に戦いに参加できるのは、俺だけということになる。

 今までならば、他に地上へ戻る方法がないかを探していただろう。

 しかし今では、その選択肢のない戦いも嫌いではなかった。


 不安げにじっと視線を向けてくる赤い瞳に対して、言い切る。


「なら、することは決まってる」

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