第18話


「深淵か。まさにその名の通りだな」


 剣に付いた魔物の血液を振り払いながら、先鋒を務めていたファルズへと視線を向ける。

 すでに深淵に足を踏み入れて短くない時間が経過している。

 その間に何度も魔物と会敵しているが、そのすべてを容易に対処できていた。


 ファルズも内部の地形にも詳しい様子で、方向感覚を失うことや道に迷うこともない。

 深淵の名前の通り、非常に複雑でひたすらに地下へ向かっていく構造は、ファルズがいなければすぐにでも迷ってしまっただろう。

 その点に関して言えば道案内を買って出てくれた彼女に感謝すべきだろうか。


「流石に腕が立つな」


「大見栄を張ったからね。それなりの活躍はさせてもらうよ」


 そう言って、ファルズは慣れた手つきで両手に構えた短剣を腰に戻す。

 前方の索敵と道案内を任せきっているため、必然的に魔物と戦闘に入るのはファルズが先になる。

 燐光石という光を発するアイテムを装備しているが、暗闇の中では魔物の奇襲を受けやすくなるのは避けられない。 

 なのだが未だファルズの装備には汚れ一つ付いていない。

 それが何より彼女の技量の高さを物語っていた。


「確か『短剣術士』だったか。相当にレベルも高かったが、俺に同行する意味があったのか?」


 彼女をパーティに迎え入れるにあたり、そのジョブやレベルの開示を要求した。

 そこで知ったのは、ファルズが『短剣術士』というジョブを有していること。

 そしてたったひとりでシルバー級の冒険者として第一線で活躍していることだった。

 

 シルバー級と言えば天の剣もそうだったが、彼女はひとりでシルバー級に格付けされている。 

 冒険者の階級は実力もそうだが依頼をどれだけの頻度で、確実にこなせるかも評価の対象になる。

 つまりファルズはたったひとりで、天の剣と同等の成果を出しているのだ。


 ひとりで活動を続けていれば必然的にレベルも上がり、応じて実力も増していく。

 それだけの腕前があれば、俺に同行する必要があったのかと疑問を抱くのも当然だった。


「レベルが高いだけで踏破できるほど、この深淵は甘くないよ。それに刃物を扱う僕のジョブじゃあ相性も悪いしね」


「俺のジョブで対処できなかったらどうするつもりだったんだ」


「その時はその時だよ。でもこの調子なら問題なさそうだね」


 地面に転がる巨大なアリの魔物、アント・ソルジャーの死骸を見てファルズが呟く。

 堅い甲殻に覆われたアント・ソルジャーに対して刃物による攻撃は有効になりえない。

 その為、俺のスキルによる攻撃が主体となっていた。

 とは言え相手を翻弄するファルズの立ち回りがなければもっと手間取っていたに違いない。

 

 そして今のところ、ファルズに不審な動きや素振り、敵意も感じていない。

 一見すれば、本当に俺の依頼を完遂させるために協力しているように見えた。

 となれば問題は、この依頼を達成した後のことだ。


「本当にこの依頼を達成すれば、裏切者の居場所が分かるんだろうな」


「正確に言えば、依頼を達成することで得られる、ある条件を使えばね」


「ギルド側が言う、この依頼への見返りってやつか」


「そうさ。その見返りをうまく使えば、裏切者達を探し出す手口になる」


「詳細は依頼を完遂した後にしか話せないと窓口で言われたが、ファルズはそれを知ってるのか?」


 考えてみれば、道案内ができるほど内部に詳しいのだから、ファルズがこの深淵に赴いたのは一度や二度ではないのだろう。

 その過程で、俺と同じように依頼を押し付けられた冒険者の手伝いをしたと考えれば、ギルドの用意した見返りとやらの詳細をファルズが知っていても不思議ではない。

 前を歩くファルズは視線だけを後ろに向けながら、小さく頷いた。


「一応ね。でもそれを話すことはギルドの意向に背くことになるから、ここじゃ言えないな」


「今さらだろ」


「でもここで話せば、僕の価値はなくなってしまう。悪いけれど、切り捨てられるリスクは犯せないな」


「そこまで計算済みか」


「怒ったかい?」


「不快には思う。だが俺が同じ立場なら同じことをしただろうな」


 復讐の為に使えるものはなんでも使う。

 俺自身もそう考えている部分もあるが、今回に限ってはその使われる側に回ったということだ。

 ただ結果的に逃げうせたロロとフォルテナを探し出せるのであれば、使われることも甘んじて受け入れる。

 それを聞いたファルズはくつくつと肩を揺らした。


「やっぱり君を頼って正解だったよ」


「世辞はいい。口よりも手を動かせ」


 ◆


「これは、まずいことになったかもしれないね」 


 そんな声が上から降ってくるのと同時に、背中に冷たく堅い床を感じる。

 苦笑を浮かべるファルズは、覆いかぶさるように俺を岩陰に押し込んでいた。

 押し倒される瞬間にふと影が見えたが、岩の向こう側には巨人と見紛う程の魔物が徘徊していた。


「まさか、ロック・エレメンタルか?」


「そのまさかだよ。流石に君も驚いたみたいだね」


 否定してほしかった事実を肯定され、軽いめまいを覚える。

 岩陰の向こうに潜む影は巨人と見紛うものだが、実際には生物ではない。

 ロック・エレメンタル。現在では自然発生以外に生成する方法が失われた、超大型のゴーレムだ。

 現在でも建設作業などに用いられるゴーレムもあるが、ロック・エレメンタルの大きさと生成方法は、現在の技術で作られるゴーレムとは決定的に違う。 


 一般的なゴーレムは人間よりも少し大きい程度に収まる。

 それでも人間の数十倍の働きをするのだから、大きさはさほど求められないのだ。

 なによりあまり大きくしないのには、もう一つ理由がある。

 ゴーレムは生成過程で、主人の命令を従順に聞くよう魔法をかけられる。

 しかし、その魔法が聞かなかった場合、ゴーレムは非常に手ごわい魔物に変異する。

 その際に対処しやすいよう、巨大なゴーレムの生成は禁止されている。

 

 だが、ロック・エレメンタルは見上げるほどの大きさ、それこそ家屋程度の大きさがある。

 そして自然発生したロック・エレメンタルに主人などおらず、命令を聞く魔法など掛かっているはずもない。

 岩の体に痛覚などなく、中途半端に破壊した所で、再び周囲の岩石で体を再構築してしまう。 

 少し考えれば、ロック・エレメンタルがどれほど危険な相手なのかは嫌というほど理解できる。


 真正面から戦えば、とてもではないが勝ち目のある相手ではなかった。


「ここが普通のダンジョンじゃないのはわかってたが、まさかロック・エレメンタルがいるとはな」


「この深淵は、ゴールドラッシュが始まるより前に作られたとされているからね。誰が何の為に作ったのかさえ分からない、古代のダンジョンさ。なにが飛び出してきても、驚きはしないよ」


 俺を押し倒したファルズは、岩陰からロック・エレメンタルの様子を窺っていた。

 ただその言葉に違和感を覚えて、思わず小声で聞き返す。


「待てよ。つまりあのロック・エレメンタルも自然発生したんじゃなくて、誰かが意図的にここへ配置したってことか?」


「恐らくはね。その証拠にあのロック・エレメンタルは、視界に獲物を捉えるか、先制攻撃を受けた際に起動するようになってる」


 言われて、はたと気付く。

 先ほどのロック・エレメンタルは暴走した様子もなく周囲を徘徊しているだけだ。

 それが誰かからの命令だとすれば、どれほど昔からこの場所にいるのか。

 そしてどんな意図をもってこの場所に配置されているのか。

 疑念が尽きることは無い。


「なるほど、あれは一種の番兵ってことか。昔の技術は凄まじいな」


「君のスキルも負けず劣らずだけどね」 


「あのロック・エレメンタルはずっとあのままなのか?」


「一定時間をかけて周囲を巡回しているんだ。だから少し待とう。それとも、戦うかい?」


 そんな問い掛けに顔を向ければ、俺を押し倒したファルズの赤い瞳と目が合った。

 それは、まるで試すような問い掛けだった。


「下手に刺激して、道を崩落させられても面倒だからな。移動するまで待つとするか」


 俺の冒険者としての判断能力を試しているのが、それとも俺の能力の限界を見極めようとしているのか。

 ただ俺自身、無駄に命を懸ける事はしたくなかった。

 あの裏切者共をこの手で殺す、その時までは。

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