第17話
「やぁ、アクト。先日ぶりだね」
そんな声に振り返れば、夜の街並みの中に見覚えのある銀色の獣人が佇んでいた。
ただその姿は想像とは異なり、武骨な冒険者としての装備ではなく、まるで貴族の御曹司のような上品ないで立ちだ。
自衛用なのか細身の剣を腰に下げているが、それさえも緻密な意匠が施されら美術品と遜色ない作りになっている。
ゴールズホローという富の街を象徴するような姿であり、この街の夜にこの上なく溶け込んでいた。
そしてそれらを自然と着こなすその容姿と、夜闇の中でも輝く銀色の髪がファルズの美しさを際立たせている。
数舜だが黙り込んだ俺を見て、満足したようにファルズはひとりで頷いていた。
どうもファルズは、冒険者としての生活と私生活をはっきりと分けるタイプのようだ。
ただ疑問があるとすれば、なぜ彼女がこの場所にいるか、である。
「まさか俺が出てくるのを待ってたのか? 随分と暇なことだな」
「自由な時間は謳歌しなきゃ損だよ、君」
「なら依頼でも受けたらどうだ。ここの支部長から相当な実力者だと聞いてるぞ」
「だからさ。当分は遊んで暮らせる程度には稼いでいるからね」
そう言ってファルズは自慢げに両手を広げてみせた。
ファルズの煌びやかな姿に、通りがかった女性達が熱っぽい視線を向けているのが分かる。
確かにその姿を見るに十分に裕福な暮らしをしているのはすぐに分かる。
ただこの獣人が何を思ってそんな姿で接触してきたのかは、まったくわからない。
「それで、今日はなんの要件だ」
「いやぁ、どうもパーティメンバーの募集にてこずってるように見えたからね。声を掛けさせてもらったんだ」
「凶悪な冒険者と親しげに話してる姿を、こうして公衆の面前で晒してるのが、その原因なわけだが」
「おや? それはもしかして、誰も寄せ付けない僕と話せているという優越感に浸っているのかな?」
「自意識過剰にも程があるだろ。これ以上、メンバーの募集を邪魔されたくない。さっさと消えろ」
以前にファルズを見たのは俺がギルドから依頼を受けた直後であり、それからすでに五日が経とうとしている。
そろそろ俺を見る受付嬢の視線が痛く感じているが、ダンジョンに向かわないのには一応の理由があった。
深淵という未知のダンジョンに向かうのであれば、仲間を集めるべきだと考えているからだ。
できれば深淵を踏破したことのある、シルバー級以上の冒険者をパーティに加えたいと考えている。
ただそう簡単に事は進まなかった
まず俺の破壊者というスキルが希少過ぎて、誰もその能力を見定められないのだ。
仲間のスキルの把握は必須事項であり、自分でさえなにができるのかわからないスキルの持ち主とパーティを組みたいという冒険者は、まずいない。
そして次に、こうしてファルズと言葉を交わしているという事実も、募集の足を引っ張っていた。
以前のような問題を頻繁に起こしているファルズと同族だと思われているらしく、未だに募集の張り紙を見て俺の下を訪れた冒険者はいない。
それどころか周囲の冒険者たちが俺を避ける姿を何度も見ている。
ファルズにはああいったが、メンバーの募集は打ち切り、ひとりでダンジョンへ向かおうと思っていたところだった。
「でも、僕なら君にぴったりな冒険者を紹介できる。腕も立って、かつ深淵へ入った経験もある」
「そして同族やパーティメンバーを背後から刺すんだろ」
「その話とこの話は全く別問題だよ。それに、あくまで標的は復讐すべき相手だけ。君の名前はそのリストには載っていないから安心してほしい」
載っててたまるか、という言葉は飲み込んでおく。
それでも到底、受け入れられる申し出ではないが。
「なぜ俺に付きまとう」
「ぜひとも君には深淵を突破してほしいんだ」
「いいか、もう一度聞く。なぜ俺に付きまとうのか、答えろ」
出会って数日の、それもさほど仲の良くない相手の考えを理解しようとは思わない。
それでも根本的な行動原理さえ理解できないのは、異様という他に形容できなかった。
ゴールド級の冒険者と共に依頼を受けるというのは、依頼の成功率を上げるのと同意義だ。
そして冒険者が依頼を受けるのは金を稼ぐため。
ならば、急いで依頼を受ける必要がはないと自分で断言するファルズが俺に付きまとうのはなぜなのか。
質問というには語気の強い俺の言葉に、ファルズは少しの思案を挟んで答えた。
「君に協力する代わりに、ひとつだけ願い事を聞いてほしい。しかもそれは、君が深淵を攻略しないと意味がない」
「話したはずだ。俺は以前、仲間に背中を刺されて殺されかけた。そいつと同じことをしているお前を、パーティに加えると思うか?」
「パーティメンバーとして名前だけ加えて貰うだけでもいい。それに僕が個人的に報酬を支払おう。僕の取り分も無しでいい」
「話にならないな。悪いが他をあたってくれ」
思わずファルズに背を向ける。
確かに彼女はイベルタの情報を持つ、貴重な情報源だと思っていた。
しかしそれが人違いだと分かった今、彼女に恩を売っておく意味は皆無に等しい。
そして何より、信頼できない仲間をパーティに加えることなど、二度としたくはない。
例えどれだけ金を積まれたとしてもだ。
怒りに任せてその場を立ち去ろうとしたが、背中から予想外の言葉が飛んできた。
「復讐の相手がどこにいるか、知りたくないかい?」
「なんだと?」
ファルズの言葉に、足が縫い付けられる。
振り返れば、初めて見るような満面の笑みを浮かべたファルズが、そこにはいた。
「あはは、目の色が変わったね。やっぱり君を選んで正解だったよ」
「御託はいい。さっきの話は、どういう意味だ」
「どういう意味もなにも、そのままの意味だよ。この瞬間も、君を絶望の淵に追いやった相手はのうのうと逃げ延びている。計画的な犯行ならば、失敗した時の策も用意しているかもしれない。もしかしたら、もう別の大陸に逃げているかもしれないね」
ファルズはゆっくりと、そして謳うように語り続ける。
「君の怒りなんて知らず、裏切者は生きていく。罪の意識も、君の抱いた絶望も、燃えるような怒りさえも届かない、遥か彼方で。それで君は納得できるのかい? その手で決着を付けたいとは、思わないのかい?」
「言うまでもない」
「ほら、君と僕は似ている。だからわかるよ。そうやって冷静を装っているけれど、心の中は裏切られた瞬間から身を焼くような復讐心に支配されてる。違うかい?」
壮絶な笑みを浮かべる、ファルズの赤い瞳の奥。
気付けばそこには、よく知った感情が見え隠れしていた。
そしてそれは、俺の中にも燻る消すことのできない感情。
明確な復讐心だ。
「お前の言う通りにすれば、あの裏切者の所在が分かるっていうのか?」
「少なくとも、場所を特定する手段は判明する。そして僕はその方法を使って、自分の復讐を完遂するつもりだよ」
つまり、目的は同じということか。
ファルズは俺の助けを必要としており、その手助けは結果的に俺の復讐のための足掛かりともなる。
だが、相手が相手だ。
ダンジョンの中で仲間を、背中から刺す相手を信用できるのか。
そもそも本当に裏切者共を追う方法が存在するのか。
疑念はいくらでも出てくる。
しかし深淵を踏破しないことには、憲兵団との協力も望めない。
そして完全に所見のダンジョンをたったひとりで踏破できるはずもなく、どちらにしても深淵に入ったことのある冒険者の協力が必要だった。
十分に考慮を重ね、そして言う。
「お前が前衛だ。絶対に俺の後ろには回るな」
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