3・朝矢と青子
そんなやり取りをしたのはつい昨日のことだ。
今日は確か大学の講義があるのだと告げたのだが、「なにいってんの。こっちが優先だよ。第一、君がサボるのはいつものことだろう」とこともなげに言われてしまった。確かに単位に引っかからない程度にはサボることはある。大学に入ってから仕事で休むことが多いが、高校時代は一か月に一度ほど仕事が入る程度でほぼ休業状態だった。
まあ、人口の多いとか都会とは違って、妖怪や霊がさわぐほどの要素が田舎にはないのもある。都会というものは人の多い分、さまざまな思惑や欲望、恨みというものがあふれかえっている。そういった感情というものは妖怪や霊にも影響を与え、人を襲う存在へと変貌することがある。そういうのを鬼やら怨霊やら呼ぶこともあるのだが、実際はちゃんとした定義が存在するわけではない。
ただいえるのは祓い屋にとって祓う存在ということだ。
話は戻すが、そういうことで田舎というもの怨霊やら鬼てとはあまり縁がなく、小物妖怪のいたずらを阻止することが多かった。だから、朝矢たちもごく普通の高校生活を送ることができており、その中で仕事ではなく友人たちと授業をサボって遊びにいくこともあったのだ。それでも、部活の時間になると戻ってくるものだから顧問の先生によく怒鳴られたことを思い出す。
(ああ、あの頃が一番平和だったかもしれない)
本当に平和だった。それよりも以前に朝矢が中学二年のころに起こったある出来事に比べれば、現在の祓い屋業も比較的平和になのかもしれないが、高校時代はいまよりも学生らしい生き方をしていたように思える。
「朝矢。我はもう“隠形”してよいか?」
そんなことを考えていた朝矢は、山男の言葉によって現実に引き戻された。
「ああ」
「え? 黄色いワンちゃん。なにいったの?」
青子が尋ねた。
「消えるってさ」
「えええ。なんで? どうして? 久しぶりに会えたのに?」
青子が唇を尖らせた。
「のちのち面倒だろうが。杉原たちが同級生つれてくるからな。あいつがうまくごまかせるとも思えねえよ」
「杉原?ああ、野球部のピッチャーやっていた人ですねえ」
「知っているのか?」
「なにいっているんですかあ。このあたりでは有名ですよお。中学時代にベストプレイヤーかなんかの賞を取っていたらしいしい。“第二の平成の怪物”って期待されていたピッチャーだったんですよお」
「へえ、そうなのか」
朝矢は、先日のビルでの戦いを思い出す。彼はボールを投げていた。しかもほぼ適格でそれなりのスピードもあった。だから、“アヤカシ”もすぐには避けられずにいたことを思い出される。
測定したわけではないのだが、確実に時速100近く出ていたのではないかとも思われる速度で敵へとぶつけていた。
(ナツキが気に入ったのはそういうことか。しかし、いつ目を付けたのだろう?)
渋谷の事件の時に、どさくさの紛れてナツキは、弦音に力を与えていたのだが、その時が初対面ではなかったのではないか。ナツキかもしくは桃志郎がどそれ以前にどこかで彼を見かけたか噂を聞いて、最初から引き込もうと狙いを定めていた可能性もある。
そうなると、渋谷の事件ももしかしたら、桃志郎が仕掛けた罠だったのではないかと疑いたくもなる。
(なくもないなあ。あいつらよくわからないし……)
「朝矢。良いな」
「あっああ」
山男はすぐさま、“隠形”した。
「あああ。黄色いワンちゃんがいなくなった」
“隠形”というのは文字通り姿を消すこと。その度合いにはいくつかのランクがあり、現在山男が使用したのは、朝矢のように力がないものから姿を消すものだ。ゆえに見えなくなったが、朝矢にははっきりとその姿が見えている。
「もう、ひどいよお」
青子はムッとする。
「逢いたいならうちにたまに来い。逢わせてやるから」
朝矢がいうと、青子の表情がぱっと明るくなる。
「朝矢先輩。ありがとう」
そう言いながら、今度は朝矢に抱き着いてきた。
「おいおい、やめろ、バカ」
朝矢は慌てて彼女を引き離した。
「ああああああ」
その時、弦音の素っ頓狂な声が響いた。
振り向くと、弦音たちが呆然とした顔でこちらを見ていた。
「え?もしかして、そんな仲?」
「そうみたいね」
樹里と麻美が交互にいう。
「有川さん。どういう関係なんですか? 愛美さんがいるのに」
「あいつは関係ねえよ。それにさっきのは不慮の事故だ」
朝矢はあらぬ誤解を招かれて、慌てた。
「そうでもないですよお」
「え?」
朝矢が振り向いた瞬間、突然青子が唇を重ねてきた。
朝矢は慌てて青子を遠ざける。
「なんばすっとや(なにするんだよ)!?」
「ふふふふ♡ 愛美先輩より先越したわよお」
「はっ?」
「ええ。知らなかったんですかあ。私い、朝矢先輩が大好きなんですう」
そう言いながら、青子はウィンクをする。
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