第36話 - 水面下の攻防 -

 前日と同じ空き地にたどり着く。そこにはうっすらと青白く召喚されつつあるドウターらしき魔法陣、反対側にオッドがすでにくつろいで酒を飲んでおり、そのよこでうつ伏せで倒れる黒髪の女が絶命していた。


 ――まさか、2日連続でドウターの召喚に出くわすとは。オッドがやったのか?


 エスティナが一瞬顔をしかめる。死んでいる女は拷問に掛けられた後だったのようだ。


「口封じの魔法がかかってやがった。周到かつ計画的だ」


 オッドがガードの到着に、目もくれず解説を始める。片手間のように女から”血のリプレイ”という討伐証明を雑に作成している。誰がどこで、どのようにして討伐されたか、これでいつでも証明できる。斡旋の達成証拠にもなる。


「あ? なんだガード、嫁も連れて来たのか? 見ての通り、あっちは完全な召喚までにまだしばらくかかる」


「昨日に続いて状況が全く分からん。……その女は?」


「こいつが召喚したのさ。アレをな」


 !


 つまりこの女が向こうで発現中のドウターを召喚し、その現場をオッドが押さえ、拷問にかけたようだ。情報は得られなかったという。


 ――だが、オッドは今日俺にこれを見せるために呼んだに違いない。つまりこの女が今夜、召喚を行うことを事前に知っていて、泳がせていたんだ。


 エスティナがハッっとする。


「ま、まさか!」


「そうさ、この女もドウターだ。アンナと一緒で誰かに雇われていた。あいつは召喚そのものには関与してないがな」


・・・


 召喚されている方のドウターがだいぶ形になってきていた。肥満体系の中年の男だ。発現の進行を見つつ放置している。


「さて、ここからが今日の仕事だ。まあこれまでも半分仕事ではあったが」


「今日はカーリはいないのか?」


「さあな、政治屋志望のアイツに特に興味もない」


 やがて小太り男が完全な姿になった。意識が出てゆっくり目を空ける。そこへ、


「ひとまず見てろ。キッハー!」


 ズバン!


 素早いバネのある跳躍から、鉤爪で一気に心臓を突き刺してしまう。


「ぐあああああ!」


 ――現われた瞬間ぶっ殺されるとはな。不憫なデブだ。


 !?


 ボワッ!


 オッドが引き抜いた負傷箇所から、急に瘴気が溢れ出てきた。かなり禍々しい気配を感じる。思わずガード、エスティナが何歩か下がった。


「な、なんですかこれは!?」


「――汚染異魂」


 これが今日見せたかったものだとオッドは言う。正常なドウターではなく、汚染された異魂を持って召喚された者。


 これを移植してしまうと、ゾンビや病気やその他の異常生命体にまで成り得て、さらには変体した者からは感染力まであると言われているとのことだ。


「こ、こんなものが――!」


 ガードとエスティナは驚愕した。治療法もなく、これがもし広まれば、完全に国は亡びる。オッドはこの汚染異魂の元を絶つ役割を率先して追っているのだという。


「そして、この汚染異魂の発現の原因となっているのが、この施設だ。ここは負の感情が多く発現の起点となってるからだ。よって、取り潰しだ」


 となりの施設を見て行った。


「そ、そんな……」


 エスティナの表情が悲観へと変わっていく。じきにフードを被った3人が現れ、無言でドウターのデブと絶命した女の処理を始めた。ベーリット派の手の者だろう。


 その後ガードはオッドと多少言葉を交わした後、分かれた。帰宅するまでエスティナは一言も発しなかった。


・・・


 翌朝、起床する。昨日の今日であらゆる情報が急に入ってきた。一度ガードも自分を落ち着かせる。


 ――まず、俺自身の考えを整理しよう。カーリやオッドは手当たりしだい、ドウターを召喚して拉致っているわけじゃなかった。しかし。


 もうそんな次元の話ではない。汚染異魂。こんなものが蔓延した場合、とんでもないことになる。国の日常の根幹が崩れる。ただし、これは移植そのものを行わなければ感染はしないとオッドは言っていた。

 

 ――やはりこれまで通り、俺はドウターそのものを征伐すればよいのではないか? それよか、エスティナのほうはキツイだろう。

 

  なにせ、本人がやってることより、オッドの行動のほうが正しく感じもする。なにせ感染源の魂を含む元凶を手当たりしだい手助けしようとしていたのだから。本人の気持ちの整理を待つしかない。


 オッドは汚染異魂の移植後の症状や、感染条件まで言及した。つまり前例があるということだ。皇女アスティ以外にも異魂の移植を行える者が存在すると考えておいた方がいい。


 そのエスティナはまだダメのようだ。ガードが話しかけても反応が乏しい。


「出かけてくる」


 一言告げ、斡旋所へ行く。新たな貴族の依頼らしきものはない。


「あ、カベヤマさーん」


 職員に呼ばれ、シャツが返ってきた。もう匂いを覚えたから不要とのことだ。肝心の成果のほうはまだのようだ。


「ん?」


 メイドのアンナがちょうど依頼を提出いた。さっと身を人影に隠す。


 ――得意の自作自演ってやつか? 立ち去ってから見てみるか。


 アンナが施設から退去して行くのを確認し、職員によって張り出された新手の依頼を確認する。


『シュルーサー邸の掃除』


 ――なんだ。これは? 内容も指定位置の屋内掃除としか書かれていない。どう見ても貴族邸だ。受けてみるか。


 ゼーブル=フォーグ(ガーゴイル)の名で請け負った。

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