第25話 - 酒場 -
カウンターへ掛ける。
「いつものを2つで」
周囲はやはり男が多い。獣人もいる。傭兵オッドの姿もあった。鋭い目つきで一瞥してきたのはエスティナでなくガードへだった。
シスター制服のままのエスティナの場違い感がすさまじいが、誰も気にしてはいない。近場のテーブルの男が話しかけてきた。
「兄ちゃんすごいねえ。どこでエスティナちゃんを捕まえたんだい?」
「安心してくれ、まだキスまでしか行っていない」
一瞬場が固まった。視線がエスティナに集まる。驚いているのが周囲で、すましているのがエスティナ。冗談を言ったつもりが意外な光景にガードも少し驚く。
「ふふっ 少しあなたらしさが戻ってきましたね」
今回の軽口に至っては流してくれるようだ。
「キッハッハ。まさか、ガードをここに連れて来たのが、エスティナとはねえ」
「……邪魔です。あなたに用はありません」
――オッド。やはりエスティナとも知り合いか。
「そう言うなよ、いい知らせを教えてやるぜ。まだ出回ってねえ最新だ」
「施設だが、取り潰しが決まった」
「なんですって!?」
エスティナが驚いて振りかえる。
「じきに斡旋に出るだろう。俺が請け負う」
「馬鹿な、あれが無ければ身寄りのない子の行き場がないでしょう!」
「キハハ。逆だ。あれがあるから無責任な人間が後を絶たない」
・・・
イマイチ話についていけない。が、周囲はすでに平常運転だ。ここではこんなやりとりが普通なのだろう。雰囲気に慣れつつもガードも頼んでもらった飲料を手にする。
ガチャンッ!
「?」
勢いよく扉が開かれ、また男3人組と、なぜか捕まっている貴族の少女が入ってくる。先シャーロテと同い年くらいだろうか。
「は、放しなさい!」
「そうはいかねえなー。さーてお嬢ちゃん、何して楽しもうかー?」
貴族が力も無いのに興味本位で南区に来たのだろうか。こうなることくらい家で言われているはずだ。哀れ以外にない。
「というわけで、競りだー! 誰か買うかー?」
が、誰も手を挙げず。
「あー今金がねえわ。それに身元が分からん貴族はなあ? どこの家だ? 後で兵隊送られても嫌だし」
「う、うぅ……」
「なんだよ、せっかくなのに無駄骨かよ。んじゃ適当に回してポイしてくっかー」
オッドはやり取りに全く興味がないようだ。グラスを転がしている。
「……おまちなさい」
エスティナが席を立ち、寄っていく。
「お? エスティナ、そっちの趣味に目覚めたのか?」
「! せ、聖職者さん、助けてください! お礼はします!」
「ふふっ お礼? それをするのは本当にあなたなのですか?」
「……え」
「……そうね。わざわざ嫌な思いをすることもありません。私が苦しまなくてもいいよう、ひと思いに殺してあげましょう」
「――ひ!?」
――そんなものだ。甘くはない。しかしやっぱこの女ドSだった。
と、また誰かが入ってきた。
ガチャン
「お待ちを」
――次から次へと。
!
――コイツは、昨日も見た、朝姫とやり合っていたメイドか。
バサン
膨らんだ袋をテーブルに置く。明らかに金だ。
「私が斡旋を請け負った。この貴族の親が金銭で開放を望んでいる。受け取ってほしい」
「100万ナンか。いいじゃねえか」
ポンッ と少女が解放される。女メイドが保護した。
「行こう」
「ぐす、あ、ありがとうございます……」
・・・
「さーてアンナちゃんが100万くれて、めでたしめでたし。俺ら3人で3等分だな」
「私が50万ナンいただきます。あとはご自由に」
「は?」
「おいおいエスティナさんよー、そりゃねえだろ?」
当然だ。エスティナは少女を連れてきたわけでもない。しかも途中で少し口をはさんだだけで、何もせず50万寄こせとは横暴だ。
「私が殺すと言った時、誰も反対しなかったでしょう? 彼女の権利は最後は私にあったはずです」
「そりゃ屁理屈だ。ありえねえんだよ」
「そうですか。なら今からあなたたち3人を殺して、そのまま100万ナン強奪します。表へどうぞ」
「ぐ……」
男3人、束になってもエスティナには敵わないのだろう。50万ナン差し出して、渋々出て行った。
――実力が全て、か。
「カベヤマさん、私達もでましょう」
・・・
酒場を出る。錆びれた街並みを歩き出すエスティナについて行く。
――気配で分かる。少なくとも、エスティナは近年では一切、殺しなどやっていない。ハッタリをかましただけだ。しかし金に困ってはいないはず。なぜ50万を無理筋でも奪った?
その理由に、じきに気づくことになる。エスティナはぽつぽつと開店している店や露店を次々に周り、少しずつ買い物を進めていく。
食料、装飾、小物、ジャンルはバラバラだ。いつの間にかガードの両手も手荷物でふさがっていた。元の家に戻るころには夕方だった。
「なるほど。俺に荷物持ちをさせるためだったとはな」
「……夕食くらいは、ごちそうします」
・・・
理解した。結果的に貴族から金を巻き上げ、貧困層にバラまいているわけだ。
――だが。
明らかに質の悪い野菜、果物の値段が時に東区以上、100ナンショップで買えるような装飾品が300ナン以上。効率的ではなかった。
「自己満足なのは分かっています。ですが、自分のできることから、やってみたいのです」
・・・
先ほどのアンナと呼ばれていた女メイドのことを聞いてみた。朝姫が彼女もドウターで、貴族の手の者といっていた。ガードが知っている情報から話す。
「アンナさんのアレは、おそらく自作自演です」
「なに?」
「私が知っているだけでも3件目です」
無知な貴族をそそのかし、わざと南区へ誘導する。危機に陥るように仕向け、その後、貴族の家族に身代金を要求する。斡旋所をうまく絡めているのもポイントで、見抜きにくい。それをアンナが所属する別の貴族が仕組んでいるのだろうとのことだ。
「回りくどいな。理由がさっぱり分からない」
「貴族たちとはそういうものです。裏で駆け引きの応酬ばかりしている」
ドウターは異能を保持することが多く、その力を利用すべく、生活の保障と引き換えに違法に匿っている貴族もいるという。
・・・
「私はしばらくこの辺りを出入りします。施設の件について調べねばなりません」
「取り壊しがどうとか言ってたな。悪いがお言葉に甘えてここを使わせてもらう」
「ご自由に」
・・・
翌日、ガードは一度荷物を取りに自宅へ戻って来た、が、人影を見て、身を隠す。
――あれは?
ピンポーン
「失礼します」
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