第30話 思わぬ展開

 何やら不思議そうな顔で吉里を見る季里。その理由を察した明奈は尋ねる。


「どうしたの?」


「京都と東都、同じ反逆軍なら、戦力は1つのところに集めた方が……」


 この場で勝手な発言は特に禁止されていない。誰かが不機嫌になることはなく、東堂が説明を加える。


「思想の違いさ。京都反逆軍は人間の住処である京都を守るための組織だ。故に積極的に攻めるのではなく自衛を重視している」


 そして東都の所属である吉里が続きを答えた。


「逆に東都反逆軍は〈人〉の殲滅を最終目的に掲げる攻撃を重視した組織。故に、それぞれ最終目的が違うしそれに至るためのプロセスが違う」


「なるほど」


 季里は納得した。隣で昇が、

(そんな些細な違い全然気にしてなかった……)

 と、細かなところに気がつく季里に感心していたのには気が付かなかっただろう。


「さて、紹介も済んだことだし、早速だけど、あの子たちにあの話したら? きっと喜ぶわよ」


 夢原が早速議題へと話を移行させる。


 アジトに入った以上、必要以上に自分勝手は許されない。


 郷に入っては郷に従えということわざもあるように、世話になる場所の方針には、納得ができない場合を除いては従った方がいいのは、余計な問題を背負わないためにも必要なことだ。


 特に昇は、現状で歩家に勝つための算段が具体的についていない状況だ。


 ここの人たちを巻き込むつもりはないが、何か勝算が付くまでは拠点としてこのアジトは有効活用できることだろう。


 そのためにもこの場には控えめな態度でいどむ心構えだ。


「5日で準備の予定だったが、あの3人と夢原が暴れたせいで、天使兵が出てきたとなれば作戦は考え直さなければいけない」


「ちょっと、それはしょうがないでしょ。そもそも歩庄が出てきた時点で、計画が狂うのはしょうがないじゃん」


「まあこちらとしては、すこしアジト生活を延長するくらいなら問題ない。それはアジトリーダーの名にかけて約束する。なのでこちらを気にせず、救援隊のあなた方の都合に合わせてもらうといいと思う」


「すまない。なら、まずはこちらの今後の動きを言う必要があるな」


 東堂は立ち上がると、演説台に立ち、近くの空中に大きな、歩良の平面地図を映像として映しだす。


 そして、昇たちの方を向き話しかけてきた。


「君たち3人には良く聞いてほしい。アジトに来て早々このような話をすることにはなるが、近々このアジトを我々は放棄する予定だ」


「え、そうなのか」


「反逆軍は、このアジトに隠れ住んでいる500人を脱出させる予定になっている。地図を見てくれ」


 東堂は昇たちの注意が地図に向いたのを確認して続きを話す。


「とりあえずは隣の天城領へと脱出するのを目標にする。すでに別動隊が大規模な輸送手段を天城領の許可を得て用意済みだ。それに乗れば無事に京都につくだろう。現状候補に挙がっている脱出地点は3つ。どこからになるかは当日にならないと判断がつかない」


 脱出地点は繁華街からかなり遠い。それはつまり、昇が最終目的とする発電所の奪還からは遠くなってしまうということだ。


 昇はこれには頭を横に振らざるを得ない。


「どうした君。確か、天江昇くんだったか」


「そっちの動きは分かった。なら、俺は従えない」


 季里が悪態をついた昇に焦り、明奈は、満足げに笑みを浮かべる。


「……一応理由を聞こうか」


「俺は発電所に向かっている。そこに囚われている仲間を助けるために」


「自分が不可能な妄言を言っているか分かっているのか?」


 東堂が、否、この場にいる明奈と季里以外のすべての人間が、今の昇を変人を見るような目で見ていた。


「それが俺が歩家の〈人〉どもと戦っている目的だ。そもそも俺は発電所から逃げてきた脱走者だ。脱走の時は余裕がなかった。だけど俺は、仲間を取り戻したいと思ってる」


 それは迷うことなどない昇の望みであり目的。


 向こうの反応は。


 壮志郎は笑い始める。


「はははははは! マジかお前」


「な……!」


 アジトリーダーは、まだ昇の言っていることに理解が追いつかず絶句している。


 そして夢原と東堂、そして吉里は険しい顔になった。夢原が、

「それは無理」

 昇の望みを完全に否定した。


「実力がないのは分かってる。そして1人で無謀だってことくらいも。でもあんたらに迷惑はかけない。この2人も降りるって言ったらそれは認める」


「……私はあなたに言う。諦めて」


 夢原は昇の反論に一切の譲歩をしなかった。


「諦められない。俺は脱走して、そして戦っているのは全部そのためだ。そっちが認めないなら俺のことは見捨ててもらっていい」


「それが認められないの。いい昇くん。自分力不足を認めてるんでしょ、無謀だってことも分かってるんでしょ。私たち反逆軍はそんな戦う力を持たない弱い人間を救うのが仕事なの」


「だから俺は気にするなって……」


「あなたが勝手にしますって言って、はいそうですか、と認めるわけにはいかない。それは私たちの助けられる人間を救うという信念に反する」


 夢原の言うことは、お前は救われる側の弱い人間なのだから意地を張っていないで素直に逃げなさい、ということだ。


 侮辱に聞こえたが、昇は非力であることは自覚している、しかし、それでも、この戦う目的だけは譲れない。


「それはこっちだって同じだ。俺は友を救いたい」


「もう救えないわ。こう言いましょう。天江くん。君は私たちが京都へと連行するわ。伊東領にいる非難できる人間を全員避難させるのが私たちの仕事。私たちに救助された以上、貴方も避難民よ」


「それは、それはだめだ」


 吉里がここで発言した。


「彼は思想が危ういです。東堂さん、作戦終了まで眠らせてはいかがでしょう」


「過激です隊長。でも閉じ込めておくくらいは必要かもしれません」


「……そうだな。救助者を早々こんな扱いをするのは本意ではないが、仕方がないか」


 自分の要望は完全に否定され、挙句の果てに閉じ込められそうになっている。


 反逆軍は反逆軍の正義で戦っている。


 しかし、こちらにも自分の正義があるのだ。そして託された『諦めるな』という言葉も。


 捨てられるものじゃないのだ。決して。

「でも、俺は」


「昇くん」


 レオンが口を開く。


「無念は分かる。俺らも寺子屋出身で、幸運にも逃げられた身だ。俺の友達にも、発電所に捕まっているやつはいる。だけど、発電所は戦力が集中している厳戒地域だ。簡単に手は出せないんだよ。……一緒に逃げよう」


 アジトも反逆軍も〈人〉に対する組織と聞いて、自分の野望に巻き込めるとまでは思ってなくても、ここまで真っ向から否定されるとは思っていなかった。


 それどころ身柄を拘束されようとしている。


 思ってもみない新たな危機に直面していた。

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