第28話 アジト
敵が撤退した後、夢原希子とともに、昇と季里は工場跡で待っていた。
すでに互いの自己紹介は簡単に済ませている。季里に関しては名前しか言えないので、昇も名字は明かさず、下の名前で呼んでほしいと示した。
夢原は季里の方を度々見ては、首を傾げているが特に言及はしなかった。
「すぐに逃げないと」
黙っているとつい口が動いてしまいそうになり、昇は、現在の焦りと興奮の心を静めるためにも、夢原に別の話題で話をふって、ごまかすことにしたのだ。
夢原は昇の意図を探ることに興味はないらしく、特に変わった様子もなく昇の提案に返事をした。
「その必要はないわ。敵も撤退した。天使兵が来る件は気になるけど、まあ、まだ来ないと思う」
夢原の言った天使兵という言葉も気になるが、それは明奈と合流してからということにする。
「なんで必要ないんだ」
「敵は撤退したばかり、自画自賛は趣味じゃないけど、守護者が来たとなれば向こうも適当に戦力を向けることはないでしょ。それに私たちのアジト、この工場跡に入り口があるの。隠れ家ってワクワクしない?」
「いや、まあ」
外に行くことの危険を理解していなかった頃。
勝手に寺子屋を抜け出して仲間と秘密基地なるものを作っては夜中に持ちだした食糧を使って隠れ食いをしていた身としては、当時のお遊びのものではなく本物に出会えることにワクワクしないでもない。
「俺達も行っていいのか?」
「もちろん。元々、歩家に狙われている人間のみんなが逃げ込む場所だもの」
「そんなところがあるなんて知らないな……」
「そうなの? ならより驚きだわ。いままでたった3人で逃げて着てきたなんて。よく生きてたね」
「いろいろな幸運があってのことだよ」
そこは驕らない。
昇は寺子屋からの短い期間でも自分の力不足を何度も感じた。
もしもそれを見越したうえで、先生が『諦めるな』という言葉を送っていたのなら、そう思うと、昇は送られたこの言葉が想像以上に重いものだったと思えるほどに。
もっと強くならなければいけない。それもこの歩家打倒の戦いの間に。
「ともかく。俺ももっと強くならないとな」
夢原はそれに疑問を呈する。
「なんで?」
「なんでって、それは歩家と戦うからには、このままじゃだめだ。あの男を倒せるくらいにならないとな」
「うーん? まあ、今は私たちの仲間が君の仲間を連れてくるのを待ってからかな」
何故か夢原は昇の最後の言葉に首を傾げる。しかし昇にはその疑問を明らかにしないまま話を流した。
昇も自分の言葉に対する返答がやや噛み合っていない感覚を得る。
「なんか変なこと言ったか……おれ?」
そしてアジトとはどのような場所なのか、意味がないながらも無駄な期待を募らせる。
「あの……」
「どうしたの季里ちゃん」
「夢原さんはどうして、この地に? ああ、その。先ほど目的は訊きましたが、そうじゃなくて」
「ああ、なんであなたたちを助けに来れたのかって?」
夢原は持っているデバイスから、A4サイズの映像画面を空中に映し出す。
その中にはこの工場跡や、街中の映像が映しだされていた。
「各地にカメラを設置していたんだけれど、この映像に追われている君たちが映ったのね。それで慌てて助けに来たのよ。……あ、そろそろここにくるみたいね」
映像の中に明奈と他2人の男が映ったのを確認できた。
彼らは急いでこっちに向かっているようで監視カメラの前を過ぎ去っていく。
「せっかくだから、アジトの入り口で合流しましょうか。移動しましょう」
夢原の提案でこの場で待つのではなく、目的地での合流をすることになった。
昇がデバイスを見ると明奈から緊急通信の履歴が入っていたことに、今気が付く。
(やっべ)
返信しないと何か言われそうだと思い、昇は明奈へと生存を伝える簡単なメッセージを送った。
「そうだ」
夢原は倒れている黒木兄弟の兄の元へと行くとデバイスを回収する。
「今回の戦利品だね。とっときな」
そしてそれを昇へと投げ渡した。
「え、コレ俺のじゃ」
「他人のデバイスは可能な限り手に入れておくものよ? 自分で使えるようになれば単純に自分の武器が増えるんだから。あ、発信機の類は今見た感じないようだし」
夢原はそれだけ言うと昇たちが来た道とは別の方向へと歩き出す。
アジトへと向かっているのは分かるので、季里が後ろをついて行く、さらに後ろへとついて行く。
「隊長! 急にメッセージ送らないでくださいよ。めっちゃ高速移動でそっち行ってたのに急に方向転換しなきゃいけなくなったじゃないですか!」
「メンゴメンゴ」
合流した先で夢原隊、いわゆる希子の弟子兼メンバーと一緒に、明奈と再会した。
明奈は再会に対して感動的な表情にはなっていなかったが、季里のことを心配していた。
「大丈夫だった?」
「うん。昇が頑張ってくれたし、反逆軍の皆様にも守ってもらったから」
「そう」
昇には一言も心配の声はない。
「おい、俺には何かないのか?」
少しの期待を込めて昇は明奈に尋ねると、
「この程度で死んでたら、いくらサポートするとはいえ手に負えない」
厳しい一言が返ってきて、なんだよぉ、と少しいじけることになった。
アジトは廃工場地区の中でも一番小さな工場跡の地下に入り口があった。
隠し扉を何個も抜けた先に存在する入り口なので、何のヒントもなければ見つけることも一苦労なのがよくわかる。
「そうしろー、アジトに救助者3名の入場許可を取ってもらっていい?」
「はーい。あ、通信パス忘れちった、内也、手伝って」
「お前な……」
弟子2名にアジトへの入場手続きを済ませる間、昇たち3人にはこのアジトに入る際に必要な情報について説明がされる。
「アジトは地下に存在するの。入り口を通ったらさらに降るからね」
「結構な地下にあるんですね」
「広いわよ。廃街の地下にアリの巣のように張り巡らされてるからね」
「へえ……」
「ここにいるのは、寺子屋を出身として、今の伊東領の行き過ぎた人間支配に耐えられない子たち」
昇は正直驚いた。
伊東領の人間支配はかなり盤石なものであり、人間差別を合理とする思想が行き届かない寺子屋は自分達以外のところはすべて、遥か昔滅んだと思っていた。。
「他にも、そんなやつが」
「君と同じくらいの子供だよ」
「同世代……?」
「まあ、中に入れば分かるんじゃない? ねー、そうしろー、ウッチー、まだー?」
夢原隊の隊員2人は誰かを揉めている。
「あ? おっけー? じゃあ、すぐID送ってくれ、こっちの隊長が早くしろってうるさくてさ」
夢原は自分に責任転嫁をした弟子にデコピン。
「イテ。ああ、確認できた。悪いな。じゃあ、今から入れるぞ」
壮志郎のこの言葉と共にアジトへの入場許可のIDが昇、季里、明奈の3人のデバイスに送られた。
「いこっか?」
夢原を先頭に夢原小隊に案内され、昇たちはアジトへと誘われた。
宣言通り、最初はとにかく下り坂が続く。
その後、いよいよアジトの生活圏へと足を踏み入れた。
「すげえな……」
内部はテイルの攻撃に高い耐性を持つ特殊合金の通路が迷路のように入り組んでいて、アリの巣と表現した夢原はまさに正解と言える構造になっていた。ただし、通路は思ったより広い。
「京都地下駅街みたいでしょ?」
昇も明奈も季里も首を傾げる。
「知らない、デパ地下? だったっけ? 旧時代にはよくあったのよ。駅にいろいろな店を淹れてまるで商店街みたいになってたところ。まあ、この施設は店の代わりに家が多いんだけどねー」
地下は14階と15階しかない代わりに、廃街と工場跡の地下に広がっている。
「迷いそうだな」
夢原はやはり慣れているようで迷いなく目的地へと歩いていく。
「とりあえずお前達の処遇を話しあう。なにせ、予定外の人間の逃亡者だからな。反逆軍の連中とこの居住区のリーダーに会ってもらう」
「処遇。私たちが」
「そう心配すんな。別に悪いようにはならないよ」
そうは言われてもはいそうですかと納得はできない。ここは昇たちが自由に行動できる場所かどうか、まだはっきりとしていないのだから。
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