第26話 人間でも強い
しかし近づくだけでは意味がない。
歩庄は飛ぶことができるのだ。近づかれたら逃げればいい。
再び距離を縮められ、気に食わないという顔をしながらも再び己の飛行機械で再び距離を取ろうとする。
その時。
「……何?」
庄は後方へ行けないことに気がついた。
何か柔らかくも弾力がある巨大物にぶつかったのだ。
「なんだ……?」
弾と剣の戦いの中で絶対に感じることのないはずの感触。離れようとするが強力な接着剤でつけられているかのように体が離れない。
くっついている本人では分からないその正体は、昇には分かった。
(風船だ。さっきあの人が手から放してた)
それは戦いが始まる前に夢原が空へと飛ばしていた風船だった。
それが大きく巨大化して、歩庄に後ろに回り込み彼を行動不能にしていた。
風船のくせに動かすこともできない。庄は完全に拘束されたと言える。
「無様ね」
「貴様ぁ!」
「さあ、終わるよ」
持っていた小刀2本を投げる。回転しながら楕円の弧を描き、歩庄を斬ろうと迫る二刀。
体を動かせない庄はもはや自身の弾でそれを迎撃するしかないが、二刀は圧力弾数発ではひびすら入らず、さらに自分へと迫る軌道を変えることはできない。
さらに、ここで庄は1つの失敗に気が付いた。今、投げられた短刀にのみ意識を向けてしまった。
肝心の本人が今ノーマークだったのだ。
すぐに夢原を捜す。夢原はなんと短刀と全く違う道筋で庄に迫っていたのだ。
(クソ……! ……やむを得ん!)
歩庄は仕方なく、奥の手を使うことになった。
伊東家領お得意の召喚術、部下2名は戦闘のサポートに使ったのに対し、歩庄が召喚するものは、それ自体が強力な奥の手となりえるもの。
上空に2つ、庄と同じ大きさをした
それらは怪しい蒼の炎を纏っていて、口から同じ色をした火炎弾を放る。風船に激突して大爆発を起こした。
さすがの夢原もそれにそのまま突っ込む気にはなれず一度離脱。
そして、歩庄と夢原希子はともに地面へ足をつける。
「……人間を相手に俺の貴き召喚霊を見せることになるとはな」
昇も、そして季里もそれを見るだけで、背中から冷や汗が出た。それくらいに生物的には恐ろしいオーラを放っていた。
夢原のみ涼しい顔で、
「かわいい幽霊さんね」
挑発をする余裕があったのだ。
戦いはさらに激化すると思われたが、
「庄!」
そこに新たな登場人物が現れることで事態は一変することになった。
「撤退だ。分が悪いぜ」
それは敗走という事実が残る結果を、〈人〉であるその男に認めろと言うことだ。
「椎、貴様如きの諫言で俺に退けと?」
すぐに受け入れられるはずもなく、その提案をした者を殺すと言わんばかりの目で睨む。
「そうだ。ここで命がけで戦うなんて馬鹿らしいじゃないの。向こうも援軍が来たから撤退を始めるって言ってたし。そもそも、お前の全力戦闘はこんなところで見せるほど安いものなのか?」
椎と呼ばれた男の提案は、的をいた部分があったのだろう。
「……それは」
怒りを抑え始める。
「天使兵の使用許可が下りた。万一でもそれを超えたら見せてやろうじゃないか。なあ、庄」
「……仕事上の関係は近衛と主だ。口を慎め馬鹿者」
庄は髑髏をその場から消すと、季里の方を見る。
季里は睨まれて怯えた表情になったのを確認して、今連れて帰るのは無理だと判断した。
季里の正体をまだ見破っていない夢原は、季里を昇の味方として考えている可能性が高いと判断した。
「追ってくるか? 守護者」
「いや。退くならお好きに。でも、一つ忠告をしておこうかな」
「なんだ」
「命が惜しければ、もう二度と戦場には出ないことね。あなた……弱すぎ」
「何……?」
人間の夢原希子が、〈人〉である歩庄に『弱すぎる』と言った。
それは、世を長く生きていてもなかなか出会えない光景だろう。常識と真逆の光景だからだ。
「あったまるなあったまるな。まあ、仕方ねえよ」
「椎、俺は侮辱されたんだぞ」
「人間に興味のないお前は知らなくても無理はないけどな。いいか、俺達〈人〉も実力によって上から順に、徳、仁、礼、信、義、智の順に並んでいるだろ」
椎という名前の敵が夢原を指差す。
「反逆軍の守護者ってのは、仁位、つまり上から2番目以上の〈人〉を相手にタイマンかそれと同等の難度条件で戦って3回以上勝っている奴だけがなれるんだ。いわば反逆軍の最終兵器と言ってもいい」
「……そのクズどもが弱かっただけだろ」
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれない。だから、智位の歩家の俺らは準備のない状態で戦う相手じゃない」
歩庄は心底不愉快な様子で顔を歪ませたが、ついに次の攻撃をしてくることはなく、この場から姿を消した。
昇にかかっていた圧力も解け、プレッシャーから解放されてようやく動ける体で、昇はまず伸びをする。
その後助けてくれた夢原にお礼の述べた。
「助かりました」
口にはしないが、とんでもない人間が目の前にいることに興奮している。
昇の友にも反逆軍に入りたいと言っていた2人がいた。そんな彼らに良く聞かされた、人間を守るヒーローの話。
守護者といえばその中でも最強と呼ばれた者であり、戦う男として、興味がない訳がない存在だ。
「いやいや。間に合ってよかったよかった」
満足そうに笑った夢原は、いつの間にか立ち上がり昇の後ろに位置どる季里を見て、何かに気が付いたように笑う。
「君たち、なかなか面白そうだね」
「へ?」
「まあ、積もる話はあとで聞きましょう。今は、私たちのアジトにいらっしゃいな」
「アジトって、いいんですか? あ、いやでも、もう一人仲間が」
「大丈夫。明奈ちゃんとこっち向かってるって、ウチのメンバーも言ってるから」
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