第25話 京都反逆軍の守護者
そもそも昇の捕縛の命令を遂行していたのは季里であり、これも歩庄という次期当主候補が一緒に出撃するような幕ではない。
庄やその近衛、部下たちがそろってこの辺りに来たのはまた別件だ。
歩領の廃街地域において抵抗活動をしている団体たちの存在は、歩家もしっかり認知していた。しかし反抗する力を持っていなかったため、対処をすることはなかったのだが。その団体に救いの手という厄介なものが与えられるのならば話は別だ。
彼らを救うため、京都反逆軍が動いたのだ。
伊東家から歩家に与えられた情報によると、反逆軍最強の10人である守護者の1人が領地に入ったという。
さすがに看過できない事態であるが故、季里以外の歩家幹部全員が出撃し、反領団体と合流する前に始末しようという目論見だった。
風船を手に持っていた金髪の彼女だったが、さすがに〈人〉と相対した状況でふざけている余裕がなくなったのか、持ち紐から手を離し風船は上空へと飛んでいく。
その行為に何の意味があるのか昇には理解できない。そもそも風船など持っていた理由も。
そして歩庄もそれを完全に無視をした。
「貴様の名は俺もよく知るところだ。害虫の中でも特に有害であれば名前を自然に覚えてしまうものだぞ、京都反逆軍守護者、夢原希子」
「わー、ウチそんな人気なんだねぇ。でも害虫はひどいなー傷ついちゃう」
「許す。大いに傷つけ。貴様は二度と回復できない傷を受けて死ぬんだからな」
人間の命を自身の手で奪う。それは汚らしい虫を素手でつぶすのと同じ行為だ。
気分は不愉快そのもの。昇と同じように速攻で片付けようと、不可視の空圧弾を放つ。しかし、夢原希子は手に生成した小刀で、見えないはずの弾を斬って防いで見せた。
それを見て2つの意味でさらに不機嫌を加速させる歩庄。
まず自分の攻撃を人間風情に防がれたことが気に入らない。そしてそれを防いだのが人間が皆使っている紫色の光刀ということ。
「……俺の攻撃を止めたのか。貴様!」
再び圧力弾を放つ。
しかしまたもや小刀でそれを防ぐ。
希子の右手と左手に剣が一本ずつ在る。同じサイズの小刀での二刀流が彼女の戦闘スタイルだ。
昇は当たり前のようにそこに立って、弾を防いでいるその仕組みが分からない。自分を這いつくばらせている圧力にはどう対抗しているのか、そして見えない弾をどのように知覚しているのか。とても想像ができなかった。
「誰が止めて良いと言った、俺に対する礼儀ではない」
「ウチ礼儀とかどうでもいいし。てか死にたくないし。それしか芸がないのなら、早々に片付けるけど」
「貴様、俺を侮辱したな? 人間が俺を?」
「別にそんなつもりないけどなー。退いてくれないなら斬るしかない」
「……クズが。死に値する不敬、命を持って償え!」
歩庄が叫ぶ。
同時に夢原は、何も恐れることなく走り出した。
昇にはやはり何も見えないのだが、地面で着弾と同時に爆音と地面が抉れた瓦礫が飛んで来るので、何かが飛んでいるということは分かる。
夢原には見えている。見えない弾を持っている小刀2本で弾きながら、防御が足りない分は光の盾で防いでいる。
テイルの消費を最小限にするため、盾の大きさは1つにつき握り拳程度しかない。それはすなわち自分に迫る弾がいつ来るか、どこから来るかをしっかりと視えているということだ。
たった10秒で2人の距離はほとんど縮まった。
目の前の人間が死なないことに驚く庄に対し、守護者を自称する夢原は、この程度は余裕だ、と笑みを浮かべている。
本来であれば庄は人間の制圧のために、戦闘で移動を行うこと自体が敗北であるという美学を持っているのだが、今回ばかりはそうはいかないと判断。
「ち……!」
舌打ちをして自分の得意な戦法へと切り替える。
足と背中に新たな機器をつけて歩庄は飛行を開始した。彼の本来の戦い方は空中を動きながら大量の空圧弾で敵を圧倒するというもの。基本戦術とはいえ人間に見せるつもりはなかった戦い方だ。
空に動かれてはさすがに追いようがない。遠距離攻撃があれば話は別だが、今の夢原にその余裕はない。
完全に観客と化してしまった昇は、2人の戦いを見ることに集中した。
残念ながら今の自分で歩庄に勝てないのは明白の事実。であれば、自分より強い戦士の動きを見て学ぶのが昇にせめてできることだった。
夢原は空へと翔け上がった歩庄を目で捉えつつも、迫る空圧弾を防ぎ続ける。
昇には彼女に襲い掛かっている弾がやはり見えないのだ。
つまり、夢原は昇が知らない方法で脅威を叩き落しているということ。
(すごいな……)
先ほどまで無力で嘆き、悔しさに溢れている心情とどこへやら。
もちろん自分の代わりに戦ってくれているという安心感があるからこそもたらされているものだが、今昇が考えているのは、後ろ向きな後悔ではなく、ただただ強い者への憧れと、どうすればそうなることができるかという探究心だった。
故に、その先頭をしっかり目に焼き付けるため、今も歩庄の強い圧力に潰されそうになりながら、しっかりを顔だけはあげている。
一方で。
「読めたぞ。女」
一度射撃を中止した庄はその仕組みを丁寧に宣言する。それは彼女に手の内が読めたことをはっきりさせてプレッシャーを与えるためだ。
「貴様、音を聞いているな。強化聴覚か」
感覚器官の強化もテイルを使えば可能だ。それは昇も知っている。
しかし、昇が初期に戦闘の基礎を〈寺子屋〉で学んでいた頃、感覚器官の強化は脳への情報負担を大きくして、通常の生命活動では脳のオーバーヒートを起こす可能性があり危険だと聞いたことがある。故に常時使用することはできないと。
つまり、使うべき時に最低限の時間発動させることが使用の絶対条件である。
「どうかなー?」
「小賢しい戦い方しかできない人間らしい卑しい戦術だ。だが、もはやその手品で俺を止めることはできないぞ。お前は強化聴覚を長い時間続けることはできない。時間の問題だな」
「確かに、私飛べないからなー。どうしよ?」
勝利は揺るがない。それを確認した庄は再び猛攻を再開。空圧弾の連撃が夢原に襲い掛かる。
夢原は何も嘘はついていない。彼女は飛べない。
しかし、それは近づくことができないわけじゃない。
飛べはしないが、跳ぶことはできる。
高速移動を実現する〈爆動〉は空中に向けて使用することもできる。しかし使用は非常に危険だ。少しでも調節を間違ったら自分でも意図しない方向に吹っ飛んでいく。
自分にかかる衝撃を相殺する〈抗衝〉という別の支援データを使わなければ着地時に体にかかる負担が大きすぎて死ぬ。もちろんテイルを使って跳躍をするのでテイルの調節もしっかりしなければいけない。
そんな繊細でかつ命がけの行為を経て初めて跳躍による空中移動は可能になる。普通の人間ならばとても手を出そうという勇気は湧いてこない。
しかし、彼女は守護者だ。その程度のことはできる。
夢原はすぐに〈爆動〉を使った跳躍を開始した。さらには方向転換を軽々と行い、空へと逃げた歩庄との距離を再び詰めていく。
迫る弾丸を難なく小刀で切り落とし、シールドで防ぎ、そして器用に方向転換までして攻撃を避け、ほぼ最短のルートで歩庄との距離を詰めていく。
(マジかよ……)
昇からすればそれは炎を噴射することによって高速移動を可能にする自分の技術の究極の動きともいえる。
(すげえ……極めればあんなことができるのか)
空中を自由に動く夢原のそれは、明らかに長い修練によって実現した強者の戦いの技という感じがして、地に伏せられていることも忘れ、その戦いに夢中になった。
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