第6話 彼女の家

「じゃあ修くん、また明日学校でね。」

「うん。また明────」


緊張が解けたからか限界を迎えていた僕の体は足から崩れ落ちた。


「し、修くん!大丈夫!?」

「大丈夫・・・」


上半身は大丈夫だが、どうも脚が上がらない。そりゃそうだ。滅多に運動しない体力皆無の帰宅部が、一時間弱立ち止まらずに全速力で走り回ってたんだ。

正直帰る気力すらない。どうしたものか。


「ちょっとまってて!」

慌てて桜崎さんがマンションの中に入っていった。しばらくすると、なかなか筋肉質な男性を連れてきた。


(もしかして、駅まで抱えられるのか!?)


そんなことされてるのを学校の誰かに見られたら確実にクラスでの居場所がなくなる。


「ま、まって!自分で行くから!」

「修くん大人しくして!少しの辛抱だから!」


抵抗する体力もなく、あっさりと筋肉質な男性に持ち上げられる。


「軽いなぁ兄ちゃん。ほんとに男かぁ?」

「ちょっと下ろして!お願いですから!」

「姉ちゃん、どこまで運べばいいんだ?」

「とりあえず私の部屋までお願いします。」


え?いまなんて?桜崎さんの部屋?きっと聞き間違いだろう。うん。そうだ。


自分に暗示をかけながら、バクバクと跳ね上がる心臓の鼓動をなんとか抑えようとする。


305号室と書かれた部屋のドアを開けて、玄関におろされる。


「ほんと、ありがとうございました。」

「いいっていいって。じゃあ兄ちゃん、頑張れよ!」


何を言ってるんだこの筋肉は。なにを頑張るの?


「ねえ桜崎さん?もしかして僕を泊めるつもり?」

「どうせ動けないんだし、こうするしかないでしょ。ほら、引っ張ってあげるから。」


両腕を引っ張られながらリビングへ到着する。


「お風呂沸かすから少し待っててね。」

「いや、そこまでしなくても・・・」

「いいから。休んでて。」


(桜崎さんの、家・・・)

リビングはなかなか広くて、整理整頓されていてピカピカだ。


ボーッとしてると、ポケットに入っていたスマホが鳴る。母さんからだ。


「もしもし母さん?」

「修?今どこにいるの?」

「ごめん。今日はちょっと友達の家に泊まるから、帰れないや。」

「あら、そうなの?ちゃんと学校はいきなさいよ。友達によろしくね。」

「うん。それじゃ」


もっと心配するかなと思ったけど、意外とあっさり分かってくれた。色んな弁解を用意してたんだけど、そんな必要はなかったようだ。


「お風呂どうぞ」

いつのまに部屋着に着替えたのか、桜崎さんさんがリビングに顔を出す。


「うん。本当にありがとう、ございます、」

「自分で行けそう?」

「なんとか。」


壁伝いにヨタヨタと歩きながらついて行く。


「ここがお風呂。ゆっくり浸かっててね。」

「ありがとう。」

「ええっと、その、大丈夫?」

「なにが?」

「ほら、その・・・服・・・」


桜崎さんが頬を赤らめて俯く。僕は少し経ってようやく理解したが、その表情の桜崎さんが可愛かったのでいいことを思いついた。


「ううん・・・無理そうかな。」

「ええ!?」

「お願いします。」

「え、えぇっと・・・」


みるみるうちに桜崎さんの顔が赤くなっていき、初めて見るその顔がとても新鮮だった。なんか罪悪感を感じたからこの辺にしておこう。


「冗談だよ。さすがに自分で脱げブッ──」

「バカッ!早く入りなさい!」


彼女のパンチを腹で受け止めた僕は言うとうりにした。


「湯加減どう?」

「ちょうどいいよ。」

「よかった。ズボンは私の運動着貸すから少し小さいと思うけどそれ着てね。」

「明日体育あるけどいいの?」

「2着持ってるから大丈夫」


桜崎さんは世話焼きなのか。以前の僕もこうしてよく助けられたのかな。そんなことを考えたりしてボーッと湯船に使っていると、ドアの向こうから桜崎さんの声がした。


「そろそろ洗濯してたの乾くから出てきていいよー。タオル置いとくから。あと、服着たらリビングに来て。」

「リビング?わかった。」


洗濯までしてくれてたのか。まさかリビングでマッサージでも・・・そんなことを考えて唾を呑む。



服を着て言われた通りリビングへいく。


「はい。ここに寝転がって。」

まさか本当にマッサージなのか?ドキドキしながら目を瞑ると、いきなりふくらはぎに冷たい感触がはしった。


「冷たっ!」

「ちょっと我慢してね。明日筋肉痛になるのは確実だろうけど、少しでも和らぐと思うから。」


マッサージではなく湿布だったが、やらないよりかは確実にいいだろう。


「そうだ。お腹空かない?」

何から何まで世話になりっぱなしだと悪いので、なにかしてあげたい気持ちが大きかった。


「少し空いたかも。」

「じゃあ僕が作るよ。」

「ほんと?ならさっきの買ってきたやつがあるから、それ使って!」

「うん。キッチン借りるね。」

「久しぶりだなあ。修くんの料理。」


不意にそんな独り言がかすかに聞こえた。前の僕は桜崎さんに手料理を振舞ってたりしたんだな。


「はい!お待ちどうさま。」

「ありがとう。」


作ったのは簡単なチャーハンだが、それでも桜崎さんはとても笑顔になってくれた。


「「いただきます。」」


「やっぱり修くん料理上手いね。」

「そうかなあ。ありがとう。」

「じゃあ、明日のお弁当は私が作るね!」


さらっと明日のお弁当は彼女の手作り弁当だという嬉しいニュースが聞けたが、さすがに二人分全て任せるのは申し訳ない。


「じゃあ、僕も手伝うから一緒に作ろう?」

「え、でも・・・」

「いいからいいから。」

「わ、わかった。」

「そうと決まれば、今日は寝なくちゃな。」

「あ、それじゃあ私の部屋のベッド案内するね。」

「へ!?いやいいよここで。」


さすがに泊めてもらったうえにベッドで寝させてもらうのは男としてバチが当たりそうだ。ここはなんとしても引き下がれない。


「いいから桜崎さんは自分の部屋で寝て。」

「でも、それだと修くんの疲れが・・・」

「桜崎さんだって今日眠そうにしてたでしょ。」

「そ、それは・・・」

「転校初日なんだから、ゆっくり休んで。」


ようやくまともに動けるようになったので、彼女の背中を押して部屋に押し込む。


「えっと、じゃあ、おやすみ。」

「うん。おやすみ。」


そうしてようやく色んなことが詰まった一日が終わった。

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