第4話 かくしごと

二年前────


気がついて目を覚ますと、見知らぬ天井に寝かされていた。左手には点滴が刺さっていて、肩はギプスで固定されていて動かない。そして右手には、僕の手を握ったまま眠っている女性がいた。


「どこなんだここ・・・」


窓から見えた見知らぬ街をみてそう呟く。


するとドアが開き、買い物袋をぶら下げた男性が入ってくる。


「母さん、修の様子は────」


目覚めた僕と目が会い、おどけた顔を浮かべ男性は買い物袋を落とす。


「母さん!母さん起きて!修が!」


慌てて男性は寝ている女性を起こす。母さんと呼んでいるからきっとこの二人は夫婦なのだろう。


「・・・っ!修!」

男性に起こされて、女性は涙を浮かべながら僕の目を見る。


「よかった・・・本当によかった・・・」

そう言いながら、僕の手を両手で強く握りしめる。


(修って誰のことだ? この人達は一体・・・)


僕はその時混乱していて、ここがどこか、この人たちは誰か、僕は誰なのかが分からなかった。


「えっと、母さん・・・だよね?」

恐る恐る聞いてみると、女性は涙を拭って答えた。


「そうよ修。待ってて、今お父さんがお医者様を予備に行ったから。」



その言葉を聞いて、僕はだんだんと混乱がとけてきて、今の現状を理解した。この人は僕の母さんで、さっきの人は僕の父さん。そして僕は、記憶をなくした。


窓から見える景色はどこなのか、自分の名前がなんだったのかを思い出せない。きっとこの人が僕の名前を呼んでくれなければ、今も自分の名前は分からなかっただろう。


だが、僕は母さんにこのことを伝えるのを躊躇った。今の状態の母さんにそれを伝えたらどんな反応をするのか分からなかったから。もしかしたらさらに悲しませてしまうかもしれない。この人の優しさと「修」への愛情は、初対面の僕でもすぐに理解できるものだ。だからさらに悲しい顔はさせたくない。


そう思い僕は記憶喪失していることを隠そうと決めた。


2ヶ月弱がすぎて、体調も徐々によくなっていき、骨折していた肩と右脚のリハビリ期間に入っていた。今日は母さんは仕事で、わざわざ会社を休んでくれた父さんが付き添ってくれた。


リハビリステーションに入って、小一時間くらい日常生活の動きを練習して、休憩時間に入る。


「たまには外の空気でも吸うか?」

「うん。」


父さんの提案により、僕は車椅子で押されながら外へ行き、誰もいないベンチに座る。


「なぁ。」

「ん?」


父さんが空を見上げながら僕を呼ぶ。


「父さん達の家は、どこにあると思う?」

「え?えぇっと・・・」

「分からないよな。」


父さんが小さな声で呟く。


「車にぶつかって頭を強打しておきながら、骨折だけで済むものか。なにかしら頭にもダメージがいく筈だ。」

「何が言いたいの?」


父さんは少し間を空けて、空を見ていた目線を外で遊んでいた親子に向ける。


「医師の先生は名前と生年月日、この病院の地区だけ質問した。でもそんなもの、保険証と看護師の名札を見れば記憶を失ったとしてもわかる。」

「父さん・・・僕は記憶を失ってなんか」

「修。昔、父さんも同じ目にあったことがあるんだ。」


親子から目線を外し、昔のことを思い出すかのように目を瞑る。


「中学の頃、車にはねられ、気がついたら記憶を失っていた。だがそんなこと目の前で泣き崩れる親に言えなかった。そうだろ?」

「・・・・」


僕は黙って話を聞く。


「でもな、いつかはバレる時がくるんだ。赤ん坊の頃から見てきたからこそ分かる、自分の子の癖ってもんがあるんだよ。」

「父さんは、どうしたの?」

「バレたよ。なんでそんなこともっとはやくに言わなかったんだって、また泣かせてしまったよ。」


きっと、父さんは同じ経験をしからかこそ、僕に同じ末路を辿ってほしくないと思って話しているんだろう。


「じゃあ、どうすればいいの?」

「ちゃんと自分の口から話しなさい。退院してからでもいい。」

「でも・・・」

「怖がるな。伝えなければ後悔する。」


父さんは立ち上がって僕の頭に手のひらを乗せる。


「そういうこともしっかりと受け止めるのが、親ってもんだ。」


そう言って父さんは車椅子を押して病院の中へ入る。


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