第2話 転校生
宇海高校。ここが僕の学校。学校の目の前には広い海が見えて、今日のように晴れている日なんかは太陽の光が水面に反射してギラギラと輝いてとても綺麗だ。そして僕のクラスは二階にある二年一組だ。
蓮と教室に入ると、なにやらいつもより騒がしい。きっと例の転校生の件だろう。気にせず僕は自分の席につく。窓際の海がよく見える席だ。
「いよいよだな。」
隣の席の蓮が声を弾ませる。
そして、教室に担任が入ってくる。背が高くて、メガネをかけた男性の先生だ。先生が入ってきた途端、みんなは席につき、クラスが静まり返った。
「はい。じゃあホームルームを始める前に、この間から言ってた転校生を紹介しまーす。くれぐれも騒がないように。特に男子。」と先生が男子に念を押す。
「じゃ、どうぞー。」
教室のドアを開けて入ってきたのは、肩までのびた薄茶色の髪を後ろで結っていて、カラメル色の綺麗な目をした女の子だった。
彼女はチョークを手に取って、黒板に自分の名前を書き始めた。教室内にはチョークのカツカツという音だけが響いた。
名前を書き終え、彼女が再びこちらを向く。
「秋田県から越してきました、桜崎 芹です。」
ささやかな笑顔を浮かべながら、透き通った声で彼女は自分の名前を口にする。
少し騒がしくなるかなと思っていたが、教室内は静寂に包まれ、全員が彼女を見ていた。
「自己紹介してもらった通り、今日からクラスの一員になる桜崎さんだ。仲良くするように。」先生が咳払いをし、そう伝えてから窓際の1番前の席を指さした。
「桜崎さんはそこの空いてる席に座ってね。」
「はい。」と返事をしながら桜崎さんは指定された席へゆっくりと歩いてゆく。
途中、彼女と目が合った──────
すると彼女は、目をぱちくりとさせて、唖然とした表情を浮かべた。
「起立、礼。」
「じゃあ、今日も真面目にやれよー。」
そう言って先生は教室を出ていった。先生が教室のドアを閉めたと同時に、数人の女子たちが桜崎さんの席の周りに集まる。
「よろしくね、桜崎さん!」
「えっと、よろしくお願いします。」
「分からないことあったらなんでも聞いて!」
「あ、ありがとう。」
ぎこちない口調でも笑顔で桜崎さんはクラスの女子と会話をする。
「桜崎さんって部活入らないの?よかったらチア部とかに────」
早速、部活の勧誘が始まる。集まっていた女子みんながみんな違う部活だったので、桜崎さんの取り合いになった。
「ごめんなさい。私そういうの苦手で、だから部活には入らないって決めてたの。」
「そうなんだ。でも、気になったらいつでも体験入部きてね!」
「うん。ありがとう。」
「そうだ、昼休み一緒にお弁当食べない?学校の中とかいろいろ案内してあげる!」
「えっと、いいの?」
「もちろん!だって桜崎さんかわいいし!」
「え・・・えっと・・・」
桜崎さんは困惑したのか、頬を赤らめて目線を下に落とす。
「こりゃ人気者になるのもすぐだな。」
僕と遠くでその様子を見ていた蓮が呟く。
「確かに、綺麗な顔立ちをしているからな。」
僕は包み隠さず正直に答えた。
「もしかしてお前ああいうのが好みなのか?」
「さあな。」
「ああいう内気そうな子は勢いが大事だ。頑張れ。」
真面目な顔してアドバイスをし、グッと親指を立てた蓮を軽くチョップして、また彼女の方を見てしまう。
「ほんと、どうなんだろうな。」
蓮には聞こえないぐらい小声で呟く。初めて感じるこの複雑な気持ちは、はたして恋愛感情と言っていいのか・・・
午前中の最後の授業は国語だった。一、二時限目は特に目立ったこともなく、少しウトウトしてしまうくらいに教室内は暖かかった。
「『ついきゅう』といっても三種類あります。この場合は求める方の追求、そしてこっちの場合は──────」
国語の先生は生徒が寝ていてもあまり注意しない方なので、クラスの三割くらいは机に突っ伏している。中でも運動部が多く、夜遅くまで部活に明け暮れているのだろう。
桜崎さんはというと、さっきから少し頭がカクンカクンと動いている。転校初日だし、質問攻めされてたりと、いろいろと疲れていて眠いのだろう。
「じゃあこの問題を、葉山くん。」
蓮の名前が呼ばれていたが、彼は睡眠学習中だ。
「おい蓮、おきろ。」
「ううん・・・」
「当てられてるぞ。」
「え?ああ、ええと・・・分かりません・・・」
半開きの目で意思表示をしたが、きっと問題すら見ていないだろう。
「じゃあ隣の坂口くん、代わりに解いて頂戴。」
「あ、はい。」
名前を呼ばれて席を立つ。蓮からの「がんばれー」と他人事のような声援を無視して黒板に向かっていく。
黒板に書かれた問題は、さっきやった内容の復習だった。手早く問題を解いて席に戻る。
「はい正解。ここはさっきの文の────」
「さすがー。」
「あとで自販機のジュース一本。」
「えぇー。」
「冗談だよ。」
こんな調子でこいつは今回のテスト大丈夫なのか。一年の時から蓮は僕のノートのおかげで赤点は回避しているが、こんな調子じゃいつまでたっても崖っぷちだ。いつかは、というか今回は赤点をとってもうなずける。
「次の問題を、じゃあ桜崎さん。分かるかな?」
さっきの問題の解説を終えて、先生は次に桜崎さんを指名した。
「えっと・・・わ、分かりません。」
意外だな。真面目そうな顔をしているけど、実は苦手だったりするのか?もしかして、隣のバカと張りあえたり・・・それはないか。
「じゃあもう一回坂口くん。」
「え、またですか?」
「君ならできます。」
「えぇ・・・」
先生から謎の信頼を得て、また黒板に書かれた問に答える。
「正解です。じゃあ坂口くんには特別に今日の授業のMVP賞を差し上げましょう。」
そんなものよりも評定を上げてほしい。席につくと同時に授業の終わりを告げるチャイムがなる。
「よかったな、MVP賞。」
「誰のせいで貰ったと思ってるんだ。」
「桜崎さんだろ?」
「嘘つきにこのノートは差し上げません。」「それがないと俺は赤点を取ってしまうぞ?いいのか?」
こいつ。少し説教してやろう。
「お前が赤点を取ろうが僕にはなんら影響はな──」
「あ、あの・・・修くん・・・!」
「ん?」
蓮への説教の途中で後ろから名前を呼ばれたので振り返ると、そこには桜崎さんが立っていた。
「じ、じゃあ俺はパン買いに行ってこよーっと。」
「おいっ!」
隙を見て蓮が抜け出し、他のサッカー部の人達と購買に行った。
「あ、えっと・・・」
「どうしたの?」
桜崎さんが少し目線を落としはにかむ。
「さっきは、その、ありがとう。」
「ああ、えっと、どういたしまして。」
「それで、あの・・・よかったら────」
「桜崎さん、行こー!」
話の途中で、クラスの女子が桜崎さんを呼んだ。
「ん?坂口くんになにか用事あったの?」
「う、ううん。なんでもない。」
「じゃあ行こ。」
「うん。」と桜崎さんは笑顔で返事をして女子達と教室を出ていった。
『さっき』というのは、きっと国語の問題のことだろう。別にわざわざお礼を言いに来なくても良かったのに。
でも、桜崎さんと話している時、僕の心臓の鼓動は少しだけはやくなり、頭の中はこんがらがっていた。これは僕が桜崎さんのことを意識しているから起こる現象なのか。いままでそういうことに縁がなかった僕は、これがなんなのか分からなかった。
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