5話
Ⅰ
地上からはるか数十メートル。煙を上げる工場群を眼下に、どんよりとした空の下を、一本のホウキが風をきる。
ホウキを操る少女の後ろで、少年は危機に瀕していた…
「マンチェスターまで、あとどれくらいなの?」
「さあね。」
二人乗りのホウキが空を駆ける。
「えっと…このまま空を飛んでいくの?」
「ええ、そうよ。」
……
「…あの…」
「なによもうさっきから!質問ばっかり。何か言いたいことでも?」
少年は意を決した。
「…酔った…吐きそう…」
「…は?」
「…ごめん。」
それが少年の最後の言葉だった。
少女はホウキの後ろに目をやり、そして叫んだ。
ギャー!
*
「ホント、最低!」
「う…ごめん…まさかホウキで酔うとは…」
緑あふれる郊外の田舎道を歩く。
「もう一生あんたなんかホウキに乗せてあげない。ロンドンまで徒歩で帰りなさいよ!」
「うぅ…すみません…」
自分でも反省している。まさか、空の上で朝食を戻してしまうとは…でも見方によれば貴重な経験なのでは?
ホワイトは機嫌を直してくれるだろうか…話を変えよう。
「ホワイト、目的地はマンチェスターだけど、一体何しに行くの?」
「ああ、あんたにはまだ言ってなかったわね。」
彼女はまだ怒っているのだろうか、若干すねた口調で続けた。
「情報を買うの。」
「情報…?」
「ええ、情報よ。今の時代、情報を持つか持たないかで大きく立場が変わるの。だからマンチェスターまで来て、情報提供者から買うの。わかった?」
「うん…」
情報の売買…。ふと、疑問が口に出た。
「情報って…お父さんの…?」
今思えば余計な一言だった。
彼女は立ち止まり、僕に振り返って鋭い視線を向けた。
「…誰から聞いたの」
「えっ…えっと…」
僕は、昨日スミスから聞いた話を伝えた。
「あのクソ科学者…余計なことを…」
ホワイトは舌打ちをしながら毒を吐く。
「ご、ごめん…無神経な質問だったね…」
彼女は改めて僕に向きなおった。
「いいのよ、別に。隠すことじゃないわ。…そうよ、私は父を探しているの。それで今回も、父の情報が手に入るかもって思ってマンチェスターまで来てる。…まあ…もう無駄かもしれないけど…」
彼女の伏せた目に、僕は反射的に言葉を返していた。
「無駄なんかじゃないよ…うん、無駄なんかじゃない。僕も精一杯手伝うからさ…お父さんは絶対に見つかるよ。」
彼女の目は未だ虚空を見つめていた。
「…ふん……行くわよ。」
彼女は再び体を進行方向に向け、歩き出した。
人の心の中はわからない。何を思い、何を考えているのか。ホワイトはまるで氷におおわれた彫像のように、冷たく、危うい。ただ、少しでもその氷を溶かすことが出来たなら、少しでも心が安らいでくれれば、僕は…。
青々とした木々と木漏れ日に囲まれながら歩くその姿は、どこか儚く、どこか寂しげな様子だった。
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