「最後は…ドレスね。」

 偽造パスポートの作成を終え、最後のおつかいに向かう。

 「ドレス」と書かれた看板のあるお店の前に到着し、両開きの豪華な扉を開けて中に入る。中は色とりどりのドレスが並んでおり、まるで部屋の中が絵の具達であふれているような絢爛さのある、美しい空間が広がっていた。

 ドレス達の間から、腰の曲がった一人の老婆が現れた。

「あら、今回はどうされましたか…?」

「社交界用のドレスを探してるんだけど、何かいいのないかしら?」

「サイズはどうなさいますか…?」

「私が試着するわ。だから私に合ったサイズでお願いできるかしら。」

 はい、おおせのままに、と老婆は一礼した。そして僕の方を一瞥し、何やら眉をひそめた。

「あの…そちらのお方は…」

「ああ、新人よ。新しい仲間だから、またよくしてやって下さい。」

「えっと…よろしくお願いします。」

 老婆は笑顔を見せた。

「ええ、よろしく。革命軍の皆さんにはいつも良くしてもらっているからね。ここはドレスのお店だけど、男性用のスーツなんかも置いているから、あなたも気が向いたらぜひ見ていってね。」

「はい、ありがとうございます。」

 一通りの挨拶を終え、老婆とホワイトはドレスの選別作業にはいった。

 女性用のドレスに囲まれ、僕は一人取り残されてしまった。彼女らの会話に交ざることが出来れば一番楽なのだが、あいにくドレスには詳しくない。なにせ歯車しか見てこなかった人生だ。こんなきらびやかな世界とは無縁だったのだ。でも…近くで見てみると、ドレス一つ一つに細かい装飾がされていて、とても綺麗だと思った。新しく勉強してみるのも良いかもしれないな。

 ドレスに囲まれながらそんなことを考えていると、店の奥から声が聞こえた。

「あなた。新人さん。ちょっとこっちに来てくれる?」

 声の方向に目をやると、店主の老婆が僕に手招きをしていた。

「どうしましたか。」

 ドレスをかき分け、老婆に近寄る。

「ちょっと、ついてきてくれるかい?」

 そう言うと僕に背を向け、店の奥に向かって歩き出した。

「えっ…あの…ホワイトは…」

「ああ、今は試着中だよ。私の助手が見てくれているから大丈夫。さあ、革命軍さん、ついてきて。渡したいものがあるから。」

 渡したいもの…。これまでの店も、取引をする際に店の奥の小部屋に呼ばれたから、今回も何か取引があるんだろうか。ホワイトに確認は取っていないが、今は試着中だから手が話せないのだろう。

 僕は何の疑いもなく、老婆の後を追った


   *


 暗い廊下を歩く。老婆の足取りは想像より速く、見た目の年齢を感じさせなかった。

「あんた、新人さんなんだってね。革命軍はどうだい?大変かい?」

「ええ、まあ。でも、僕は入ったばかりなんで、まだ仕事というほどの仕事はしてないんですけどね。今回も、ホワイトの荷物持ちなんですよ。」

「そうかい、そうかい。大変だね。でも、それも立派なお仕事だよ。お嬢ちゃんも相棒ができて嬉しいんじゃないかな。」

「…どうでしょう。あんまり喜んでいる風には見えないですけど。」

「ふふふ、そうかい。私は喜んでいると思うけどね。あの子は少しだけ不器用だからね。でも不器用なりに、とても優しい子だよ。こんな老いぼれにも気を遣ってくれてね、いつも笑顔で話しかけてくれるのよ。それが嬉しくてね。」

 老婆は続ける。

「このお店も閉める予定だったのよ。もともと夫のお店だったからね。夫も亡くなって、お客の足も途絶えだしてね。もうやめようかなって思っていたの。でもあの子が、お婆ちゃんが一人になるのはかわいそうだからって、ここを革命軍の専属衣装屋にしてくれたの。…優しい子だよ。」

「そうだったんですね…。」

 思いもしなかったホワイトの一面を聞いて、少しだけ驚いた。思い返せば確かに、いままで訪れたお店の人達は、ホワイトの顔を見ると笑顔になっていた。そうか、僕はまだホワイトについて何も知らないんだな…。帰ったら彼女と話してみよう。お店の人達についてだったり、革命軍のみんなについてだったり。

「そんな子に懸賞金がかけられているなんてね…。」

 聞き慣れない言葉にひっかかった。

「懸賞金?」

「ええ、…あんた知らないのかい?あの子には政府から懸賞金がかけられてるの。捕まえたら十万ポンドと、六階層での市民権が与えられる。全く、ひどい話だね。」

「十万…」

 あまりの金額に、一瞬目がくらんだ。一生遊んで暮らせる金額だ。そんな大金がホワイトにかかっているなんて…

 若干のめまいを覚えながら、前を歩く老婆の背を見る。

 老婆は廊下の先、光の漏れる部屋の扉の前で立ち止まった。

「さあ、この中にお入り。」

「はい…」

 十万ポンドなんて…。

 僕が入った部屋は、壁際に机と椅子がひとつずつ置いてある質素な部屋だった。

 部屋を見渡していると、ふいに後ろから音が聞こえた。


 カチャ…


 それが鍵のかかる音だと気付くまでに時間はかからなかった。

 瞬時に振り返る。

 そこには老婆の姿はなかった。

「くそっ!」

 扉に駆け寄り、ドアノブを回そうとするも、一向に動かない。鍵は外側からかけられており、中からは開かない仕様になっていた。

 扉をたたく。

「開けてください!っ…どうしてですか!」

 叫びながら、扉向こう側にうったえかける。

「…あんたも不幸だね…こんなタイミングで来るなんて。」

「何の話ですか!」

 老婆は、今までに聞いたことが無いほどの低い声で続ける。

「革命軍は今日でおしまいだよ。今ごろお嬢ちゃんは、私の助手…じゃあなかった。特別警備隊の男達に取り押さえられている頃だろうからね。まあ、あんたには同情するよ。新人さんなのに、同じ革命軍として捕まるんだから。」

 必死に扉を開けようとするが、扉はビクともしなかった。

「無駄だよ。鍵かかってるからね。その部屋で大人しくしてな。」

「っ、どうしてですか!あの子は優しい子だって、それに、あなたのお店を救ったんじゃ」

「ええ、そうよ。…だから何なの?十万ポンドよ。たかがガキ一人捕まえて十万ポンドよ。私は馬鹿じゃ無い。そんな優しさなんかで人なんか信じるものですか。大変だったのよ。革命軍に信用されるまで身を潜めて、身を潜めて…そして三日前、やっと準備が整った。いつお嬢ちゃんが来てくれるか待ち遠しかったのよ、私。そしたら、一人増えてるからビックリしちゃったの。まあでも、その一人も、閉じ込めちゃったんだけどね。ふふふ」

「っ、くそ!」

「あんたはそこで静かに待っていなさい。もうあんたじゃどうすることも出来ないんだから。あの子のダメなところは…そうね、優しすぎることかしら。ふふふ」

「このっ!」

「じゃあ、さようなら、坊ちゃん。二度と会うことは無いでしょうね。」

 

 扉から離れていく声に、僕は何も出来なかった。

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