3話

「あーもう!疲れた!」

 僕の後ろを歩く、いや、登っているホワイトは、二階層から三階層へ上がる階段の途中で悲鳴を上げた。

「うぅ…死ぬぅ…」

 後ろを振り返って彼女を見る。階段に手をつきながら、亀のように登る姿に、少し笑った。

「…何よ。誰のせいだと思ってんのよ。」

 すみません。僕です。

 上の階層に移動するには、一般的にエレベーターが使われているものの、利用するには専用のパスポートがいる。ロンドンに来たばかりの僕はそれを持っていないので、永遠と続くこの階段を…

「えっと…空飛べるんじゃ…」

「馬鹿ね、こんなところでホウキなんか使ったら警察に見つかるに決まってんでしょ。私たちは警察に追いかけられるようなことしてんだから、ほんと、あんた馬鹿ね。」

 そんなに言わなくても…相当疲れているのか、機嫌が悪いらしい。

 一つの層の厚さは約百五十メートル。それを階段で上ろうとしているのだ。まあ、正気の沙汰ではないか…。

 僕はもう一度振り返る。

 荒い息を吐きながら、必死に足を上げるその姿に、こっちまで息が上がってくる。

 振り返る。

 にらまれる。

 振り返る。

 にらまれる。

 繰り返される工程は、四階層まで続いた。


「大丈夫?」


「うるさーい!」


   *


 石畳の道を並んで歩く。ここは、ロンドン・四階層。三階層とまでは違い、一気に住宅街が広がる。僕の住んでいたダッドリーの風景を思い出すほど、下の工場群とはかけ離れた街並みが、そこにはあった。

 僕はアメリアから預かったメモに目をやる。

「えっと…今回の買い物は…」


・機械部品各種

・医薬品各種

・弾薬などの戦闘消耗品

・ロック(僕)の偽造パスポート

・社交界用の赤のドレス


「これって、いつも行きつけのお店とかあるの?」

 進める足に迷いの無いホワイトに聞く。

「ええ、何しろ私たち反政府組織だもの。信用のおけるお店をいくつかキープしてあるの。」

 当然のことか。

 僕はもう一つ気になることを聞く。

「…ドレスって何に使うのかな?」

「イザベルが潜入捜査に使うって言ってたわ。まあ、本当かどうかは分らないけど。あの人平気でウソついて、自分だけのドレスコレクション作ってるから。」

 イザベル…。あのお嬢様言葉で、拳銃を持っていた姿を思い出す。今思えば、なかなか奇抜な格好だったけど…。

「さあ、一件目についたわ。」

 

 ホワイトとのおつかいが始まった。


   *


 最初のお店は医薬品店。中には、ガラスの瓶が棚にひしめき合っていた。瓶一つ一つには紙が張ってあり、何やら見慣れない文字がたくさん書いてあった。本でしか見たことが無い、複雑な実験器具が並んだ机の間を抜け、奥へ。そこには一人の背の低い老人がいた。

 ホワイトはその老人に近寄り、何やら小声で話した後、僕に振り返った。

「ついて来てだって。あんたが行ってきなさい。」

「え…」

 奥の部屋に消えていく老人の背中を見ながら、ホワイトは僕に命令するかのように、アゴをクイッと動かした。

 少々怖がりながら彼女の前を通り、老人の後を追った。

 薄暗い廊下を抜けた先の部屋にたどり着く。小さめの部屋だと思ったが、驚いた、天井が見えないほどの高さのある部屋だった。壁の棚には大量のガラス瓶が置かれ、どこまででも続くそれは、まさしく圧巻だった。

 老人は、なにやらメモを取り出し、とても長い棒で棚をあさりだした。まるで腕のように棒を伸ばし、高い位置のガラス瓶を器用に取ってくる。

 そうして取ってきた十個ほどの瓶を、袋に入れ、僕に渡した。

「あ、ありがとうございます…」

 老人は頷いた。

 しゃべらないのかな…?そう思った矢先、彼は僕に歩み寄り、口を開いた。

“きみ…”

「…はい…?」

“あの…聞きたいことがある…”

「はい…えっと…何で小声なんですか…?」

“これが…最大…”

“そうなんですか…”

 僕も小声になってしまった。

“聞きたいことが…ある…”

“はい…何ですか…?”

“君はあの子の…”

“…”

“恋人なのか…?”

“!”

 残念ながら。

“いえ…違います…ただの仲間です…”

“そう…か…残念…”

 残念?

“?”

“ああ、いやいや…たいしたことじゃ無い…革命軍の皆さんにはよくしてもらっていてね…親類のいないわしには…もう家族みたいなもんでね…少しだけ気になっただけだよ…”

“…そうですか…”

 老人の顔が見えた。彼はとても優しそうな顔で微笑んでいた。

“これからもよろしくね、新人さん…”

“はい…ありがとうございます…”

 彼の笑顔は、優しかった祖父を思い出させた。

 部屋を後にし、ホワイトの元へ戻る。

“薬…もらってきたよ…”

 ホワイトは僕の言葉を聞いて、何やら、苦虫でも噛んだような顔をした。

「あんた…」

“?…”

「じっちゃんの話し方、うつってるわよ。」

「あ…」

 無意識に小声になってしまっていた。少しだけ恥ずかしかった。

「じゃあ、いつもありがと。じっちゃん。また来るわね。」

“ああ…またよろしくな…”

「うん。じっちゃんも元気で。」

 ホワイトは、僕には見せたことも無いような笑顔を老人に向けた。僕にも少しぐらい見せて欲しいが…

「ほら、ぼさっとしてないで、行くわよ。荷物持ちはあんたね。そのために呼んだんだから。」

 まさに雑用。

 時計技師としての技術が役に立つ日が来るのか…僕は、どんよりとした空を見上げながら、彼女の背を追った。

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