頬にあたる夜風に目をくらませながら、必死に少女にしがみつく。ガラスを破壊したとこまでは理解が追いつくが…

「ええええ!飛んでる!」

「うるさい!黙ってて。」

 飛んでる、本当に。眼下には暗がりにまみれた住宅街。視界に入るのは、今もなお煙を吐き出している工場の煙突と、時を刻み続ける時計塔。感じるのは風の冷たさと、少女の温かさだけだった。

 高さ三十…いや四十メートルほどを、列車ほどの速度で飛んでいる。どうなってるんだ一体。

 理解が追いついていまいまま、局面は変化の訪れを察知した。

「くそっ…追っ手がまだ…!」

 少女の声色が変わった。後ろから蒸気の噴き出す音。振り返ると、距離にして約二十メートル、そこには、空を飛ぶ二人の男がいた。

「捕まえろ!」

 男が叫ぶ。状況を把握するまでに時間はかからなかった。

「どっ、どうする!逃げ切れるの?」

「分らない!でもさっきは…」

 振り落とされて窓に激突した。思い出して肝を冷やす。

「しっかり捕まってて!」

 少女はそう言うと、ホウキを横に思いっきり傾けて、高度を落としながら急転回した。振り落とされそうになりながらも、必死にしがみつく。男達を巻くために煙突の周りで転回を続ける。激しく変わる重力に耐える。

「巻いた?」

 僕は後ろを振り向く。

「だめだ!ずっと追ってきてる!」

「くそ!そんなに性能がいいの、あれ!こんなところで…!」

 少女は言葉をかみ殺す。

考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

この状況を打開する策は…

考えろ!

僕は後ろを振り返る。

「目的地は?」

「この先にロンドン行きの貨物列車が通る線路があるの!時間的にも、その列車に乗り込みたいの!」

 僕はもう一度、後ろを振り返る。

 男達が乗っている機械…あれは…

「このまままっすぐ線路に向かって。できるだけ高度を保ったまま、開けた一本道にでれるか?」

「できるけど…何か策があるの?」

「うん…自信はないけど…今、この状況を打破するにはこれしかない!」

「………」

 少女は少しだけ黙った。

「…分ったわ…あなたを信じてみる。」

 少女は街を一瞥して、もう一度ホウキを握り直した。

「失敗したら、タダじゃおかないんだから!」


   *


 男達との距離が少しずつ縮まっていく。僕の言うとおり、少女のホウキは、開けた一本道の上空に出た。奥の方には…列車の煙が見える。線路と直角に伸びる道のはるか上、僕と少女はホウキで走り抜ける。

「あなたの言う通りにするわ!指示を出して!」

 少女が叫ぶ。

「煙突から煙が出ているあの建物が見えるかい?あそこで、下の道に向かって急降下してくれ!」

「ええ、わかったわ!」

 スピードを保ったまま、煙突の建物まで到達。

「急降下!」

 少女のホウキは、瞬間、真下に向いた。最高速で道に落ちていく。僕は後ろを確認する。よし…追ってきている。

「このままだと道に激突するわよ!」

「地面すれすれで体勢を立て直すんだ!」

 急降下を続ける。

「わかったけど…どうして!」

 少女は地面を見据える。

「後ろの男達が乗っている機械は、スチームマギアが駆動部になった小型飛行機だ!本で見たことがある!最先端のマギア機構を使用するから、小回りがきくんだ!」

 ホウキは加速を続ける。

「燃料には大気中のマナを利用する!でもそこが弱点になるんだ!」

 風を切る。

「マナの濃度は高度で異なる!地上部の濃度は凄く濃いんだ!だから一気に下降とすると…!」

 地面すんで。少女はホウキを思いっきり持ち上げる。

「マギア機構がオーバーヒートを起こすんだ!」

 一気に体勢が立て直る。重くのしかかる重力に耐え、ホウキの後ろを地面にこすらせながら、空、地面すれすれを駆け抜ける。

 後ろからは二つの爆発音。なにが弾けたかはお互いに分っていた。

「このまま列車に突っ込むよ!捕まって!」

 目の前には、車輪を勢いよく走らせる貨物列車。

 そのままのスピードで、僕たちは列車に突っ込んだ。


   *


「はあ、はあ、はあ…」

 二つの荒い息遣いが、貨物コンテナの中に響く。背中でコンテナの冷たさを感じる。どうやら、僕はまだ生きているらしい。

「はあ、はあ…大丈夫…?」

「うん…」

 か細い声が前から聞こえる。お互いに向き合った形で、コンテナに寄りかかっていた。

 いろんなことがあった。いろんなことがありすぎた。

 おさまらない動悸に身を任せ、肩で息を続ける。

「僕たち…生きてるんだよね…?」

 少女もまた、息を飲み込んだ。

「うん…多分…」

 息を整える。いまだに信じられないことが山積みだけど、とりあえず、窮地は脱したみたい。

 二人とも、コンテナに座り込んだ。

 すると少女は口を開いた。

「………ありがとう…助かったわ……」

 小さな声だった。それでも嬉しかった。なぜなら、イヤイヤながら、少女の言葉には感謝の気持ちがこもっていたから。

 少女は膝に顔をうずめたまま、荒い息を抑えた。

 列車の車輪のきしむ音の中、静寂に包まれたコンテナ。少しだけ開いた扉からは、銀色の月明かりが漏れていた。


 しばしの沈黙の後、少女の声。

「あんた…名前……なんていうの…?」

 ふと、気づく。そうか、まだ…

「ロック。…アルベルト・ロック。しがない時計技師だよ。…君は…?」

 少女は答える。

「アリス…ホワイト。…義足の、ただの魔法使い。」

「アリス・ホワイト…」

 きれいな名前だと思った。

「アリ…」

「ホワイトって呼んで。そこまで親しくなったとは思ってないわ。」

「ああ…ごめん…。じゃあ、ホワイト。」

 僕は顔をあげる。

「これからもよろしくね。」

「………うん…。」

 少女…いや、ホワイトはうつむいたまま答えた。その時、彼女はどんな顔をしていたのかな…?

 今日のことは一生忘れないだろう。不思議な少女と出会った日。僕の人生をひっくり返された日。

 

これから少年に起こる少女との日々とは裏腹に、列車は、カタンコトンと規則正しい音を、夜の線路に響かせた。



   1話 完

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