朝の仕事を終えてアパートに戻ると、入り口のベンチにアンダーソンが座っていた。大学の教授をつとめる彼は、立派な口ひげをこしらえ、天然パーマのブロンドが知性を醸し出している。寝間着姿のままなのだろうか、縞状の模様の入ったラフな格好で僕を迎えた。

「私の時計をありがとう。」

 修理した時計をアンダーソンの部屋のポストに入れておいたので、それを見たのだろう。

「いえいえ、立派な懐中時計でした。大事にされていたんですね。」

「祖父のものだからね。駅長時代に使っていたらしいんだ。私にとっては彼の形見みたいなものだからね。なんにせよ助かったよ。」

「こちらこそ。初めての仕事だったもので緊張しました。」

「これからも頑張ってね。若者の頑張る姿は美しいからね。応援しているよ。」

「ありがとうございます。」

 一通りの挨拶を終えた後、彼は僕にコーヒーを入れてくれた。アパートのエントランスで、彼と朝のゆっくりとした時間を過ごすことにした。

 彼は入り口に置いてあった朝刊を広げる。

「最近は物騒な話が多いね…。『エディンバラで謎の大爆発。調査隊を派遣。』…うーん、恐ろしいね。」

 エディンバラは、イングランド最北の大都市「グラスコー」の東に位置する中規模の港町だ。大爆発…

「以前にも似たような事故がありましたよね。」

「ああ、アラン島の大爆発のことかね。」

 思い出した。ちょうど二年前の出来事。マナを密輸するための隠れ家にされていたアラン島。そこのマナタンクが化学反応を起こし、大規模な爆発が確認された事故。

「私は疑問だよ。マナが化学反応を起こすのなら大問題だ。しかし、調査隊を派遣した当の政府はアラン島のマナに対して詳しい説明をしていない。マナの技術を推進したい政府が何かを隠しているとしか思えんのだよ。」

 確かにそうだ。政治に詳しくない僕でさえ、不信感を抱いた。もちろん、国内でマナの是非を問う議論が行われ、反政府運動の兆しも見えたが…

「人とは哀れな生き物だとつくづく考えさせられるよ。『マナの便利な生活』を天秤にかけられちゃあ誰も文句を言えない。物質文明の哀れな末路だと思わんかね。」

「そうですね…、僕には難しい話です。」

「そうか。すまなかったな…こんなことを議論しようが何の意味も無いな。私は教授としての仕事、君は時計技師としての仕事。お互い個人のことで精一杯だからな。」

 そう言って彼は新聞を閉じて、机の上に置いた。

「そうだ。いつも疑問だったのだけどね、君はいつも朝早くからどこに行っているのかね?もしよかったら、私に聞かせてくれないか。」

 僕は、時計塔で働かせてもらっていることを説明した。

「ほう、あの時計塔を…凄いじゃ無いか。祖父がよく言っていたよ…あの時計は街のシンボルだと。立派な仕事だよ。」

「ありがとうございます。」

 怠け者が住み着いていることは内緒にしておこう。人から仕事を褒められたのは初めての経験だった。不思議と胸が躍った。

「っ…もうこんな時間か。」

 彼は治したての時計を見て言った。

「ありがとう、私の話に付き合ってくれて。そして時計をなおしてくれて。楽しかったよ、それでは。」

「はい、ありがとうございました。僕も頑張ります。」

 うん、と彼は返事をして立ち上がり、自分の部屋に戻った。

 一人エントランスに残され、彼の残した朝刊に目をやる。『エディンバラの大爆発』…。僕は来るはずの無い寒気を肌の内側で感じながら、自室へと向かった。

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