第187話 不安
雪絵が親会社に送られる数日前、雪絵は何の連絡もなしに出社しなかった。
しばらく作業をしていると、兄貴から電話があり、「佐野雪絵、解雇した」と切り出してきた。
雪絵は兄貴の元へ、父親を連れて文句を言いに行ったようで、「友人の取引先企業と連絡が取れないし、支払い期日が過ぎてるのに、入金確認できてないけど、連絡つくのか聞いたら、真っ青な顔して逃げてたよ。 下手したら連帯保証人にでもなってるんじゃないのか?」と、ため息交じりに言い切っていた。
それを聞いた瞬間、【社長なんでしょ? やり直してあげる】と言っていた言葉がふと頭をよぎった。
『もしかして計画的に逃げた? まさかな… 考えすぎか』
そう思いながらも兄貴と話をし、電話を切っていた。
週末は、美香のお見舞いに行ったんだけど、美香は相変わらず点滴ばかりの生活。
青白く、やつれてしまった美香を見ていると、不安な気持ちに襲われていた。
点滴の回数も、嘔吐の回数も減っていたんだけど、声を出すことが怖いようで、しばらく黙ったまま手を握るだけ。
「大丈夫か?」と声をかけても、美香は黙ってうなずき、ゆっくりと起き上がった後、カバンから俺に封筒を手渡し、何かを言おうとした瞬間、激しい嘔吐に見舞われてしまい、それ以上何かを聞き出すことができなかった。
美香が落ち着いた後、手渡された封筒を見てみると、そこには【退職願】と書かれている。
「兄貴に渡せって?」と聞くと、美香は涙を浮かべ、黙ったまま頷いていた。
1か月以上も入院しているし、嘔吐のせいで話すことすらできないから、誰にも、俺にも相談ができず、自分で判断したのだろう。
「とりあえず預かっておくけど、今はそんなことを考えないで、ゆっくり休んでくれ」と言うと、美香は涙を浮かべながら頷くだけだった。
美香の退職願を預かった翌週、事務所に来た兄貴を応接室に呼び出し、美香の退職願を手渡すと、兄貴は大きくため息をついた後「そんなに悪いのか?」と切り出してきた。
「だいぶ良くなってきたけど、まだ話そうとすると吐くんだよね。 かなり精神的に弱ってるんだと思う。 アニメ化プロジェクト、誰よりも楽しみにしてたし、やる気だったからさ」
兄貴は「…なるほどな」と言った後、退職願を俺に差し出し、「お前が預かってろ。 傷病休暇は産休ギリギリまでとれるし、今焦って答えを出すべきじゃない」とだけ。
週末、美香のお見舞いに行ったときに、兄貴に言われた事を告げると、美香は涙を流しながら頷くだけだった。
「これ、捨てていいか?」と聞くと、美香は何かを言おうとして嘔吐してしまう始末。
そろそろ安定期に入るし、いい加減、つわりも収まっていいはずなのに、美香は毎日のように吐き続け、点滴ばかりを打ち続けているようだった。
翌週、通常業務がかなり作業が滞ってしまい、毎日、勇樹と大介の3人で、3階の仮眠室で寝泊まりしていた。
毎日のように、美香にはメールをしていたんだけど、週の中ごろから美香は【おかゆが食べれるようになったよ。 吐いたけど…】と、少し前向きなメールが来るように。
ただ、退院の時期はまだわからないようで、メールでやり取りばかりをする生活のまま、時間だけが過ぎていた。
それと同時に、けいこは人知れずイライラし、大介に八つ当たりをしていたんだけど、大介は「いつものことだからヘーキヘーキ。 相方がいなくなったし、かなり忙しいからイラついてるんだよ」と、平然と言いきっていた。
美香の事も不安だし、みんなの切羽詰まった顔を見てると、『この案件、本当に受けて良かったのか?』と思うこともあるんだけど、とにかく目の前にあることをこなさなければいけない。
正直、精神的な余裕なんて一切ないんだどけど、泣き言を言ってる暇も、美香に縋りつくこともできず、ただただ不安を抱えながら、目の前にあることを熟していた。
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