第186話 苦悩

翌日から、美香は1か月の休業に入ると同時に、実家に戻っていた。


仕事ではかなり余裕がなく、みんなは帰ることすら困難な状態になってしまい、俺も3階で休むことが多くなっていた。


ユウゴとケイスケは、入籍を終えたばかりだから、半ば無理やり帰していたんだけど、勇樹と大介は3階で寝泊まりをするように。


週末になると、美香の実家に行っていたんだけど、美香は体重が6キロも減少してしまい、子どもは元気だけど、母体がかなり危険な状態と言われ、とうとう妊娠悪阻で入院することに。


毎日メールをしていたんだけど、美香は食事を出されず、点滴だけの生活に【辛い。 苦しい】とネガティブな言葉ばかりを送ってくるように。


『こんな状態でアニメ化に参加してたら…』と思うと、ゾっとしてしまったんだけど、それを悟られないように【必ず終わりが来るから無理するな】と、毎日励ましのメールを送っていた。


週末になると、お見舞いに行っていたんだけど、美香は言葉を出そうとする度に嘔吐してしまい、話すことができず、黙ったまま涙を流す美香の手を握ることしかできなかった。


妊娠11週になった頃、みんなに言われ、半ば無理やり有休を使って、美香の元へ行き、エコー映像を見せてもらったんだけど、小さな豆粒だった子どもは、はっきりと人の形をしていて、心音も確認でき、手足を動かしながらもごもごと動いていた。


『これが俺の子ども…』


そう思うと、目頭が熱くなり、思わず泣きそうになってしまったんだけど、美香の手をぎゅっと握り、喜びを噛み締めていた。


けど、苦しそうな美香を見ていると、素直に喜んでいいものかわからなくなってしまい、複雑な気持ちのまま時間が過ぎ、病室を追い出されていた。



そんなある日のこと。


比較的早い時間に1日の作業を終え、マンションに行こうとすると、勇樹が「飯行こう」と切り出し、大介と3人で飲みに行くことに。


3人で飲みながら食事をとっていると、大介が「美香ってそんなにやばいん?」と切り出してきた。


「毎日絶食して点滴だけだって。 会話もできない状態」


「…大丈夫なん?」


「今のところな。 子どもは元気だけど、体重が落ちてるから、母体が危険だって。 点滴の後、少しは元気なんだけど、声を出すと吐くんだよね」


「マジか… んなんでアニメ制作なんて出来ねぇじゃん」


「本人もそれを一番気にしてたし、その事で泣かれたよ。 泣かれるのが一番参るんだよなぁ…」


ため息交じりにそう告げると、勇樹が「その状態じゃ、心配で浮気なんて出来ないわなぁ」と切り出してきた。


「は? 浮気?」


「佐野が言ってたんだよ。 『奥さんが妊娠中に浮気してる』ってさ。 遠回しに自分が相手だって言ってたんだ。 『二股かけられた』って騒いでたけど、『実は自分が二股かけてたんじゃね?』って思ってるんだよね。 自分の罪を他人に擦り付けるパターン」


「…あり得るかもな。 ま、俺はあいつと関わりたくねぇし、来週からあいつは親会社行くし、向こうに行ったらそれっきりだろ。 俺の知ったこっちゃねぇよ」


そう言いながら飲み物を飲んだ後、無性に美香が恋しくなっていた。

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