第156話 雑誌

美香が退社してから数週間たった頃。


美香のいないマンション生活にも、少しずつ慣れ始めていた。


はじめは寂しくて仕方なかったけど、ここに居れば、いつか必ず会える気がしていたし、鍵だって美香が持ったままだったから、マンションにいれば会えるような気がしていた。


そのため、通勤するようになったんだけど、普段よりも30分早く起きなければならない。


仕事も暇になっていたから、帰る時間も早くなったし、深夜の鬼電も、訪問も完全になくなっていたから、さほど苦痛には感じなかった。


けど、浩平が事務所に来て、美香のことを聞き出そうとすることだけは、どうしても苦痛に感じるし、思わず手が出そうになってしまうほど。


その度に、ユウゴが止めに入ってくれたんだけど、『美香』の名前を出されるたびに苛立ってしまう事だけは、どうしても抑えきれなかった。


ユウゴが監督やヒデさん、カオリさんにも事情を話してくれたんだけど、みんな「仕方ないね」とだけ。


みんなは俺たち以上に、白鳳や山根のことを知っていたせいか、詳しく聞き出すことも、責めることもせずに、ただただ納得することしかしなかった。


それと同時に、ケイスケが頻繁に兄貴に呼ばれるようになってしまい『俺がいないときってこんな感じだったんだな…』と思うようになっていた。


ユウゴの提案でウォーターサーバーを休憩室に置き、それぞれが好きなスティックコーヒーや紅茶を置くようになると、ユウゴの昼飯がカップ麺メインになり、ユウゴのロッカーはカップ麺だらけになっていたんだけど、ユウゴは時々ため息をつき、何かを言おうとして言葉を飲んでいた。



そんなある日のこと。


朝の準備をしていると、ユウゴが出社するなり雑誌を渡してきた。


「見てみ? そろそろ浩平の動きもなくなるぞ」と言われ、雑誌の表紙を見ると【白鳳グループ 独占禁止法違反か!?】の文字。


白鳳の記事が書かれているページを開くと、【関係会社に圧力!? 関係者が本誌にだけ語った大企業の実態!】の文字が視界に飛び込んだ。


そこには現常務で、元制作部長のパワハラや、関係会社へ圧力をかけるよう指示していた事が詳細に書かれていた。


その他にもいろいろと書かれていたんだけど、目を奪われたのが一つの記事。


【子会社Wの社長であるYさんは、白鳳に居た時から酷かったですよ。 昔、勤めていた子は、Y氏と取り巻きの仕事を押し付けられて、何日も家に帰れず、会社に泊まり込んでたんです。 「電気代がかかる」って言われて、その子は電気を消して作業してました。 タイムカードもYが勝手に押すから、残業代は一切出なかったんです。 その子はトイレで血を吐いて倒れたんですが、目の前で血を吐いて倒れているにも関わらず、Yはその横を素通りしたんですよ? しかもその後、取り巻きの女性社員に「営業部のトイレに捨ててこい」って言って、営業部の目の前にあるトイレに、文字通り捨てられてました。 自分たちが営業部のトイレに捨てたのに、当時の営業部長の責任にして、部長は退職に追い込まれていたんです。 しばらく入院して、復帰したと思ったら「邪魔」と言い放って、その子は自主退職に追い込まれていました。 とても人間のやる事とは思えません】


「これって…」


「多分、美香のこと。 次のページに脱税疑惑のことも書いてあるし、労働基準法違反のことも書いてある。 白百合の賃金未払いも書いてあったな。 今の状態でこんな記事出たら、完全終了だろ」


思わず鼻で笑った後「自業自得だな」とだけ。


「ほんとだよな。 ついでに、ストーカー規正法違反もつけとくか? 毎日毎日… しつこいっつーの」


ユウゴがそう言った後、カップ麺を啜っていると、休憩室のドアが開き、ケイスケが出社してくる。


その後、あゆみが出社してきて、普段通りの少し寂しい1日が始まっていた。

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