第153話 提案

車を降りてすぐ、兄貴のいる社長室に向かうと、普段社長室の脇にいる佐山さんの姿がなかった。


何も気にせず、中に入ると、兄貴と向かい合うようにソファに座る、山根と浩平、そして大高の姿が視界に飛び込んだ。


黙ったまま兄貴の隣に座ると、山根が待ってましたと言わんばかりに話を切り出す。


「以前から申し上げていました通り、弊社は御社と共同経営をさせていただきたいと考えております」


「毎日毎日… 弊社は必要ないと何度も申し上げておりますよね?」


兄貴がため息交じりに言うと、山根はクスッと笑った後に話し始める。


「御社の制作部は子会社化されているのですよね? そちらの子会社と我がホワイトリリィが共同経営をすれば、御社の人手不足も解消されますし、何より更なる飛躍も期待できます! それに、今現在、そちらの子会社は経営難に陥っていると伺いました。 弊社と共同経営をすれば、親会社である白鳳株式会社のバックアップもございますし、白鳳の持ち株制度もございますので、従業員の方も白鳳の株をお持ちになれるんですよ? 経営難も一気に解消されますし、はっきり申し上げますと、御社にとってメリットしかごぜいません」


「経営難ではありません。 確かに、依頼数は減ってきていますが、それをカバーできる企画が現在進行中です」


「ちなみにどういった企画ですか?」


「機密保持に関わることですので、お答えできかねます」


「共同経営するのですし、機密保持には当たらないと思いますよ?」


兄貴は大きくため息をついた後、ポケットから白い封筒を取り出し、山根に見せるようにテーブルに置いた。


そこには【退職願】と書いてあったんだけど、その字を見た瞬間、血の引く感じに襲われ、言葉を失ってしまった。


それは毎日見てきた… すぐ隣で毎日書かれていた書体、そのものだった。


「ちょ、これ美香の…」


「今朝渡された。 中身は個人情報に関わることですので、お見せすることができませんが、これでも共同経営を提案されますか?」


兄貴が山根を睨みながら言うと、浩平が「嘘だろ? 偽造だろ? んな訳ねぇじゃん! あいつが簡単に辞める訳ねぇじゃん!」と笑い飛ばした。


「本人の字で書かれているものを、なぜ俺が持っていると思う?」


兄貴が浩平を睨みながら言うと、浩平は慌てたように山根に向かって話し始める。


「山根さん、何かの間違いですよ! 他人の物を美香のものだって言い張ってるだけですよ!」


「…いいえ。 これは美香の字よ。 私はこれを見るのが2回目なのよ? 見間違えるはずないじゃない… すぐに探しなさい」


「いやいや、あいつ、携帯もアドレスも変えちゃってて連絡つかないんすよ… あ、大地ならわかんだろ? 教えてくれよ! な?」


「知らねぇんだよ… これを見たのも今が初めてだ…」


そう言いながら封筒に手を伸ばし、中を確認すると、それは紛れもなく美香の退職願だった。


「なんで? なんで兄貴が持ってんの? 普通だったら俺に渡してくるはずだろ!?」


「来客中だ。 私語は慎め」


「こんな奴ら客でも何でもねぇよ! 大体何なんだよこれ! 突っ返せばいいだけの話だろ? 何平然と受け取ってんだよ!!」


「出されたものを受け取って何が悪い?」


「ふざけんな! 美香は俺が雇ってんだろ!?」


「最終判断は俺だ」


兄貴の言葉に何も言えず、黙ったまま退職願を握りしめていた。


「これでも共同経営を提案されますか?」


兄貴が山根を睨みながら言うと、山根は無言で立ち上がり、何も言わないまま社長室を後にし、浩平と大高もそれを追いかけていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る