第141話 見縊る

山根が突然来訪した翌週から、会社に『依頼キャンセル』の電話が鳴り響いていた。


週末になると、契約しているのが、先生の案件とカオリさんの案件、それ以外には片手で数える程度。


けど、白鳳の息がかかっていない企業からのオファーはあるし、これから先生の配信も構えているから、さほど危機感は感じていなかったんだけど、売り上げ的にはかなり下がっている。


久しぶりに出勤してきた大高を見て、ふと『経営悪化で大高を切れるんじゃないか?』と思い立ち、兄貴に電話をして聞いてみると、兄貴は「今すぐ動け」とだけ。


すぐにユウゴを休憩室に呼び出し、話をすると、ユウゴは「マジか! 早く動け! って俺がいないとだめなのか…」と言い、大高を応接室に呼び出していた。


ユウゴと大高の3人で応接室に行き、大高に「経営悪化してるから今月いっぱいで退社してくれ」と言うと、大高は「わかりました! これで心置きなくホワイトリリィに行けます!」と笑顔を浮かべていた。


「ホワイトリリィ?」


「はい! 浩平さんが『一緒に仕事しよう』って声かけてくれたんです! やっぱり私にはこんなしょぼくれた事務所は合わないですし、くそダサい制服なんか着たくないんです。 それに、社長なのに月25しかもらってないとかありえませんよね。 浩平さん、今は月85もらってるって話だし、私も浩平さんみたいにバリバリ働きたいんです!」


「そ。 んじゃさっさと行けば?」


「是非、そうさせていただきます! お世話になりました!! 今後、会うことはないと思いますが、下級国民らしく頑張ってくださいね!」


大高はそう言い切ると、見縊ったように笑い、浮足立ったまま応接室を後にしていた。


ユウゴはそれを見た後「浩平が月85? 8万5千円の間違いじゃね?」と切り出してきた。


「8500円だったりしてな?」


「850円かもよ? つーか、社長で月25って、普通に考えたらありえなくね? 倍は貰ってるだろ?」


「3倍はいかないけどな。 頭悪いと騙しやすくていいわ」


そう言いながら応接室を後にすると、ケイスケが不思議そうな顔をしてきた。


すると、大高が休憩室から出てきたんだけど、すかさず「もう従業員じゃないから、深夜に押しかけてきたり、しつこく電話するようであれば、すぐに通報させてもらう」と切り出した。


大高は鼻で笑った後「なんで下級国民相手にそんなことしなきゃいけないんですか? バカなんじゃないですか?」と…。


かなりイラっとしたまま「さっさと出てけ」と言うと、「そっちが呼び止めたんでしょ? ホント、貧乏人ってむかつくわぁ」と、捨て台詞を言い放ち、事務所を後にしていた。


イライラしたまま作業をしようとすると、美香が俺を資料室に呼び出した。


「どうした?」と聞くと、美香は仕事の話を切り出してきたんだけど、急に言葉を止め「怖い顔してますよ」と言い、にっこりとほほ笑んでくる。


「やっと追い出せたんだから、イライラしないの。 これで安眠できるでしょ?」


そう言いながら優しく微笑む美香に、胸が締め付けられていた。


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