第134話 呼び出し

浩平が突如として会社に来てからというもの、美香の様子が少しおかしくなっていた。


仕事を頼む際「急ぎで」と一言告げると、以前のような追われて怯えるような表情になり、目だけがギョロギョロと忙しなく動く。


椅子を蹴ればすぐに直るんだけど、すぐ近くにいるあゆみは不安そうに見ていた。


美香を呼び出し「そこまで急がなくていいし、うちと白鳳を一緒にするな」と言ったんだけど、浩平が来た事がきっかけで、体に染みついてしまった記憶を呼び戻してしまったようで、何度注意しても治りそうになかった。


『放っておくしかないのか? でも、あんな顔で仕事をさせたくないし… 毎回注意するのも気が引けるんだよなぁ…』


そう思いながら作業をしていると、事務所の電話が鳴り、かおりさんが「明日打ち合わせしたいからそっち行く~ 定時直前に終わるようにするから、みんなで飲みに行こう。 店はこっちで予約するわぁ~」と、気の抜けた感じで切り出してきた。


『かおりさんに相談すれば、対処法を教えてくれるかも?』


そう思いながらも、みんなにそのことを告げると、美香は嬉しそうな笑顔を見せていた。



翌日。


かおりさんとの約束の時間より少し前に、美香とファイルを見ながら打ち合わせをしていると、事務所の扉が開き、浩平の「よぉ」と言う声が聞こえた。


大高はすぐに入口に向かい「あ、浩平さぁん」と言っていたんだけど、浩平は「あー、ちょっと後でね」と言いながら大高を追い払った後、「どうぞどうぞ、汚くて狭いところですが」と言いながら誰かを誘導していた。


ふと入り口のほうを見ると、どこかで見たことのある、かなりきつそうな女が立っていた。


『あれ… 山根じゃねぇかよ!!』


そう思いながら、ジャケットの前ボタンを閉めていると、美香が背後でジャケットを握りしめ、「…山根さん」と、小さく呟くように言っていた。


美香のほうを振り返り「このファイルしまって、そのまま休憩してな」と小声で言うと、美香は小さくうなずき、休憩室の奥へ。


すぐに入口の方へ行き「連絡もなく突然いらっしゃるとは、こちらの都合はお構いなしですか?」と、嫌悪感をむき出しにしたまま言うと、浩平は「あれ? 今日行くって真由子ちゃんに言っといたけど、何も聞いてないのか? まぁいいや」と言いながら、山根を応接室に案内していた。


「待てよ。 これから先約があるから帰れ」


「先約? こっちの方が大事なんだよ」


「それはお前が決めることじゃねぇだろ?」


「うるせーなぁ! お前に用はねぇんだよ! 美香連れて来いよ」


浩平が怒鳴りつけた途端、ドアの奥に立つ人影が視界に飛び込んだ。


慌ててドアを開けると、手土産を持ったかおりさんは「よ!」っと言いながら片手をあげる。


「かおりさん、今、応接室に白百合の…」と言いかけると、かおりさんはすぐさま「美香は?」と聞いてきた。


「休憩室です」と答えると、かおりさんはすぐさま応接室に入り、山根に向かって「何の用?」と切り出した。


「先約ってあなただったの?」


「そうよ。 打ち合わせがあるから帰って」


「アポならこの子が取ってくれたのよ? ダブルブッキングでもしちゃったんじゃないの? その社長、管理能力がなさそうだものね」


山根の言葉にイラっとし「これから田豪崗様と、ここで打ち合わせがあります。 お引き取りください」と言うと、山根は俺を睨みつけてくる。


それを聞いた浩平が「んだとコラ」と言ったんだけど、山根の「おやめなさい」の一言で黙り込んでいた。


しばらくの沈黙の後、山根は「美香ちゃんを呼んで頂戴」と言うと、カオリさんが「あんた何人潰せば気が済むの? 私が知ってる限りだと軽く10は超えてるわよ。 もう一度美香をつぶす気?」と聞いていた。


山根は鼻で笑った後、「潰すだなんて心外だわ。 美香ちゃんも含め、みんな自己都合で辞めた子たちでしょ?」と言うだけで、腰を上げようとはしない。


「打ち合わせがありますので、お引き取りください!」と、かなり強い口調で言うと、山根は痺れを切らせたように「美香を呼びなさい」と、かなりきつい口調で言い返してきた。


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