第114話 遊び

翌日、昼過ぎに兄貴に言われた通り、電車で弁護士事務所へ行くと、そこには兄貴と弁護士、そして兄貴の奥さんと、以前、兄貴の奥さんと腕を組んで歩いていた男が座っていた。


『この男… 呼び出したんだ…』と思いながら椅子に座り、話を聞いていると、男は「申し訳ありません」と平謝りするばかり。


黙ったまま話を聞いていると、その男は「家族にだけは言わないでください」と泣きながら訴え始めた。


『家族? え? 既婚者?』と思いながら黙っていると、兄貴が「どういった経緯で知り合ったのですか?」と聞き、男は観念したのか「高校の同級生で、昔、付き合ってたんです」と小声で言い始めた。


すると兄貴の奥さんがしびれを切らせたように「あんたのせいでこんななってんのよ! 慰謝料寄こしなさいよ!」と、俺に向かって怒鳴りつけてくる。


兄貴の奥さんは、何が何でも俺の責任にしたいらしく、弁護士や兄貴が何と言っても、聞き入れようとはせず「金がないならあんたの会社、寄こしなさいよ!!」とまで言う始末。


兄貴が「あの会社をもらってどうするんだ?」と聞くと、兄貴の奥さんは「この人を社長にするわ。 こんなガキよりも適任よ!!」と、無茶苦茶なことを怒鳴りつけてきた。


兄貴の奥さんが顔を赤らめ、怒鳴りつけると同時に、男の顔は青ざめ、何度も謝罪してくる始末。


結局、何の進展もないまま、話し合いは夕方近くまでになってしまい、兄貴の奥さんは兄貴に引き連れられて部屋を後にし、タクシーに押し込まれていた。


何とも言えない気持ちのまま、一人で電車に乗り、大きく息を吐くと、シートの隅に座り、鞄を抱えて俯いている美香の姿を見つけた。


美香は爆睡しているのか、前に立っても微動だにせず、静かにゆっくりと呼吸をするばかり。


自宅最寄り駅についたとき、美香の肩を軽くたたくと、美香はハッとしたように顔を上げた。


「着いたよ」と言うと、美香は小声で「ありがとうございます」と言った後、小さく伸びをし始めた。


『ほんと、うさぎみたいだな…』


そう思いながら電車を降り、「遊び?」と切り出すと、美香は「そうです」と即答していた。


「誰と?」


「かおりさんです」


「ああ…」


そう言った後『かおりさんか… 白百合が関係してるのは間違いなさそうだな…』と思っていると、美香は申し訳なさそうに「まずいですか?」と聞いてきた。


「いや、仲が悪いよりも良いだろ」と言いながら笑いかけると、美香は「社長はお出かけですか?」と聞いてきた。


さっき起きたことを思い出し「兄貴」とだけ言うと、美香は「お休みなのに… お疲れ様です」と、微笑みながら言ってきた。


改札を抜けた後、「飯行こう」と誘ってみると、美香は「いいですよ」と笑顔で返してくれる。


二人で食事を取っている間も、美香は無言になることも、目を合わせないようにすることもなく、ごくごく普通にしてくれていた。


『完全に機嫌が治った。 よかったぁ…』


そう思いながら何気ない会話をし、食事を取った後、家まで送り、別れ際に「ちゃんと寝ろよ? 寝不足でミスしたらペナルティだからな」と言うと、美香は顔を引きつらせていた。


『キスしたい…』


そう思っても、それがきっかけでまた無言を貫かれるのが怖くなってしまい、諦めながら帰路についていた。

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