第76話 口論

手を洗った後、慌てて美香を追いかけたけど、どこに行ったのかわからず、携帯に電話をしようと思ったけど、携帯はカバンの中に入れたまま。


辺りを走り回っていると、ガードレールに腰かけ、電話で話している美香の姿が飛び込んだ。


『電話? あれ? 電話に出るのに飛び出しただけ? 嫉妬じゃなくて?』


ほんの少しがっかりしながらも、美香に歩み寄ると、美香は「会社辞めてでもヒデさんについて行きます!!」と、はっきり言い切っていた。


その瞬間、美香の腰に手を当て、耳元で何かを囁くヒデの姿が頭の中に蘇る。


『ヒデってやつ、左手に指輪してたよな… もしかして、美香が浮気相手?』


そう思うと同時に、兄貴と兄貴の奥さんのことも頭に浮かんでいた。


『彼氏いないっていうのは嘘だった? あの後に付き合い始めたのか? 嘘だろ…』


そう思いながら呆然としていると、美香は電話を切ると同時に俺と目が合い、「あ…」と小さな声を上げる。


美香に歩み寄りながら「辞めるのか?」と聞くと、美香はため息をついていた。


美香の腕をつかみ「絶対行かせねぇよ」と言うと、美香は呆れたように切り出してきた。


「今は行きませんよ。 プロジェクト自体無くなりましたから。 ただ次、同じことがあったら、会社辞めてでも参加する覚悟はあります」


「ヒデってやつがいるからか?」


「はぇ?」


美香は間抜けな声を出していたけど、腕を掴む手に自然と力がこもっていた。


「あいつがいるからだろ? さっき『ついて行きます』って言ってたし」


「ヒデさんはプロジェクトリーダーってだけです」


「嘘ついてんじゃねぇよ。 男として見てるくせに…」


「見てません。 妻子ある人に興味ありません。 そんなこと言ったら、社長のほうがおかしいんじゃないですか? 女性従業員の胸触るなんて、完全なセクハラですよ?」


「あれは不可抗力だろ?」


「どうだか。 鼻の下、伸びてましたよね? ホントいやらしいんだから…」


「あんな頭悪い女、興味ねぇよ」


「頭悪いは同意しますよ? けど、抵抗しないなんてありえません」


「だから、不可抗力だっつってんだろ?」


途中『何の言い合いしてるんだ?』と思いながらも、不可抗力で胸に触れた事について言い合いをしていた。


しばらく言い合いをしていると、美香は呆れたように「そりゃ私みたいなペチャパイより、大きいほうが良いですもんねぇ」と言いながら手を振り払い、店に向かおうとする。


再度、美香の腕をつかみ、「俺はそっちのほうが良い」とはっきり、正直な気持ちを伝えたんだけど、美香には伝わっていなかったようで「馬鹿にしてるんですか?」と喧嘩口調で食って掛かってくる。


「してねぇよ! 本心だろ?」


美香は「どうだか…」と言いながら手を振り払い、店のほうに向かってしまう。


「待てって!」


慌てて呼び止めようとしても、美香は耳を傾けず、腕を掴んでもすぐに振り払い、店内に向かっていた。


『なんでわかんねぇんだよ! あいつ鈍くねぇか? 俺の言い回しが悪いだけ? なんなんだよもぉ…』


そう思いながら美香の後を追い、店内に入っていった。

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