第71話 拒否

翌日も、美香は落ち込んだような表情のまま作業をし続け、定時間際になると決心したように切り出してきた。


「社長、お話があるのですが…」


この一言で『独立』の言葉が頭に浮かび、苛立つ気持ちを抑えきれなかった。


「あっち行こうか」と言い、応接室へ向かうと、美香はため息をついた後立ち上がっていた。


ソファに座り、向かいに座るよう目で訴えると、美香はいきなり切り出してくる。


「実は、昨晩、前職で携わったアニメの…」


「ダメ」


「最後まで話を聞いてください!」


「ダメ。 以上」


そう言った後に立ち上がると、美香は立ち上がりながら「ちょっと待ってください」と引き留めようとしてくる。


『前職で携わったアニメ制作に、独立して参加するって話だろ? ふざけんな』


そう思いながらも、「ダメ」の一言で話を中断していると、美香が怒鳴りつけてきた。


「最後まで聞いてよ!」


「ダメっだつってんだろ!?」


「だから! 最後まで聞いて…」


「聞かなくてもわかんだよ! とにかくダメなものはダメだ!」


美香の言葉を途中で遮り、苛立ちを抑えきれないまま応接室を出て行った。


美香は慌てて追いかけ「ちょっと待っ! 最後まで聞いてよ!」と言いながら、2階に向かおうとする腕を掴んでくる。


黙ったまま腕を振り払い、2階へ繋がるドアを開け、八つ当たりをするように乱暴に閉めた後、2階に駆け上がった。


『結局逃げることしかできないのかよ… ほんと、ヘタレてんな…』


そう思うと、自分の臆病さが嫌になってくる。


けど、話を聞くだけで美香が離れてしまいそうで、聞くこともできず、ただただため息をつくことしかできなかった。



しばらくすると、ユウゴから【帰るわ。 鍵よろしく】とメールが着ていた。


少し時間を置いた後、1階に降りてすぐ、残りの作業をしていた。


残りの作業をした後、日報を入力する際、頭の中で美香の作業分だけを引いてみる。


『2/3か… 俺の作業ができない日があったら約半分… どう考えても無理だろ… 何も言わなくても事務処理だってやってくれてるし、だいたい、高額で名指し指名入れてきてる案件はどうすりゃいいんだよ… CG案件が多くなってるのに、指名分を俺一人でやるとしたら、1日24時間じゃ足りなさすぎるぞ…』


改めて数字で見ると、美香の重要性を実感してしまい、頭を抱えることができなかった。


独立を諦めさせて、美香が言っていたアニメの案件を会社として引き受けることも考えたけど、そんなことしたらまた倒れるだろうし、初めてここに来た時に見た、怯えたような表情で作業をする姿は、もう2度と見たくない。


必死に最善策を考えていたけど、何をどう考えてもwin-winになる方法が思い浮かばず、ただただため息をつくばかりだった。


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