第29話 苦手
兄貴の言う通り、今いる部署を分社化し、子会社として動き始めた数か月後。
一番最初に居たユウゴを副社長に任命したけど、ケイスケだけは役職になりたがらなかった。
正直、役職と言っても、兄貴の管理下に置かれていることには変わりないから、気にすることはないと思うんだけど、ケイスケは頑なに拒んでいた。
兄貴は『新しい人材を入れろ』って言ってたけど、こんなド田舎で、動画編集のできる人材が、そう簡単に見つかる訳もなく、作業量は増える一方。
ユウゴはあまりにも増えてきた作業量を目の前に、がっかりと肩を落としつつも、ヘッドフォンをして黙々と作業をする日々。
毎日残業をしているから、給料が増えるのは良いんだけど、帰る時間が惜しいくらい忙しい。
その事を兄貴に言うと「2階に住めばいい。 社長なんだからそれくらいやれ」としか言わず、渋々、じいちゃんの住んでいた2階へ引っ越すことにした。
それと同時に、ユウゴが近所に引っ越しをし、朝から晩まで会社に居る始末。
定時後は、酒を飲みながら作業をし、疲れたら家に帰るだけの生活を送っているようだった。
ある日の事、なかなか帰ろうとしないユウゴに切り出してみた。
「毎日残業してるけど、彼女何にも言わねぇの?」
「ん? 別れた」
「え? 何で?」
「浮気された。 巨乳はダメだ。 男が寄りすぎる」
「・・・そっか」
何とも言えない空気に包まれたまま、黙々と作業をしていた。
子会社化してから半年が経った頃。
作業をしていると、いきなり会社の扉が開き、浩平が当たり前のように中に入ってきた。
「よぉ! 久々じゃーん!」
浩平はそう言いながら事務所内に入ると、勝手に椅子に座り、何も聞いていないにも関わらず、いきなり切り出してきた。
「俺、今転職先探してるんだよねぇ~」
「そうなんだ。 大変だな」
「は? それだけ? 普通、うちに来るか?とか言わねぇの?」
「編集ができるなら考える」
「そ。 んじゃいいや。 すげぇ情報持ってるんだけどなぁ…」
浩平は勿体ぶるような言い方をし続け、ユウゴが「何?」と聞いていた。
「ん? 同じ高校の奴が、どっかの大企業で映像制作部に居るらしいんだよねぇ。 噂だと、今は血吐いて倒れて入院してるらしいよ?」
浩平はニヤニヤとしながら話した後、「誰か知りたい?」と聞いてくる。
正直、同じ高校の奴って言っていたから、俺と同じグラフィックアーツ科の奴だと思う。
すぐにでも人材が欲しい所ではあるけれど、浩平に借りを作るには抵抗がある。
浩平のニヤニヤしたいやらしい笑顔に、嫌悪感を抱きつつも「誰?」と聞いてみた。
が、浩平は「タダで教えるってわけにはいかないよなぁ… わかるだろ?」と言い、笑いかけてくるばかり。
その笑顔があまりにもムカつき「教える気がないなら帰れ」と言うと、浩平は慌てたように「園田美香だよ!」と怒鳴りつけてきた。
その言葉を聞いた途端、体が固まり、呼吸すら出来ないでいると、浩平は「美香だよ。 覚えてねぇの?」と切り出してきた。
覚えていない訳がない。
高校の時はずっと見て来たし、卒業してからも、ずっと気持ちは美香にあったから。
雪絵と付き合っていた時は、一時的に忘れていた。
けど、あの時、名前が出てきたって事は、無意識のうちに引きずっていたって事なのかもしれない。
呼吸すらできないままでいると、ケイスケが不振がるように切り出した。
「それ誰から聞いた?」
「山越だよ。 山越明日香。 この前飲み屋で会ったんだよね。 山越も大磯から聞いたって。 電話してみる?」
話の出所がハッキリした瞬間『本当の情報だ』とすぐにわかった。
美香と大磯、山越の3人はいつも一緒に居たし、そんなウソをつくようなやつらじゃない。
僅かな期待を胸に抱き、しばらく黙ったままでいた。
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