第203話
ミミルは右手に持ったフォークで鰹の身を掬い、口元に持ってくるとヒクヒクと鼻を動かし、匂いを嗅いでいる。
魚の鮮度を確認しているのだろうか……もしかすると生魚を食べる文化がないのかも知れないな。そういえば魚のヒゲイワナやヤマメギを食べるときにエルムヘイムでの食べ方を教えてもらったんだった。
たしか、煮るか焼いて食べると言っていた気がする。
ダンジョン内は魔素が濃いから微細な生き物は生きられないが、エルムヘイムは魔素があるがダンジョン内ほどの濃さがないという話だ。
エルムヘイムは海の面積が広く、漁業は活発な印象がある。もしかすると、エルムヘイムの海に寄生虫は存在するのかも知れない。
〈見るなと言うに……〉
ミミルは自分が食べる様子を見つめている俺に気づいたようで、いつものように文句を言ってくる。
その一瞬に起こる表情の変化にドキリとしつつ、俺は目を逸らした。
〈あ、悪いな……〉
食べる姿というのは料理する側の人間としては本当に気になる。
ミミルのように表情が豊かな人――ミミルはエルムだが――の場合は特にそうだ。
ちらりとミミルへと目を向けると、フォークに突き刺した鰹の身――薬味代わりのタマネギやトマトもしっかり乗っている――を
食べ慣れない魚だから余計に躊躇しているのかも知れない。
ここは先に俺が食べて、安心できるものであることを証明しておくほうが良さそうだ。
ミミルに見えるよう、フォークで鰹の身を一枚、すくいに載せて口に運ぶ。
ぱっと広がるニンニクとハーブの香りを追いかけるように軽く焦げた皮目の香りがやってくる。
薄く切られていながらも、もっちりとした鰹の身の食感。それに加えてシャキシャキとしたタマネギの食感のコントラストが楽しい。
トマトやニンニクの旨味と、噛み締めるたびに広がる鰹の身の旨味がゆっくりと舌を包み込んでいく。
我ながらよくできたカルパッチョだと思う。
何よりもミミルの空間収納で保管されていたこと、おろしたての身を使って作ったのが大きい。
俺に対して〈見るな〉と言った手前、ちらちらと俺が食べる姿を見ていたミミルもカルパッチョを食べるようだ。
小さな口を大きく開き、鰹の身を中へと招き入れるとゆっくりと味わうように顎を動かし始める。
三回、四回と噛み締めていくと、自然と口元から笑みが溢れる。
気がつけばキラキラと瞳を輝かせて次の次の一切れへと手を伸ばし、更に笑みを深めていく。
ミミルの大げさなほどに可愛い仕草を堪能しつつ、俺も自分用に装った分を食べ終えた。
さて、二品目を作るとしよう。
〈ここにまだ残ってるから、食べたかったら食べてくれ〉
ミミルにそう伝えると、フライパンにオリーブオイル、ニンニク、種を取った鷹の爪を入れ、焚き火台の上に載せる。
続いて、鍋を簡易コンロの上に載せたら左手に魔法で水球を作り、右手でマイクロウェーブを発動する。
収束され、最適化された電磁波が水球の中へと放たれると、ほんの数秒で沸騰する。水球と左手の間には薄い魔力の膜があるので火傷の心配がないのが嬉しいところだ。
その沸騰したお湯を鍋に移し、塩を加えてコウルから穫れたブロッコリー
マイクロウェーブで直接ブロッコリー
残ったパスタ生地を手で棒状に伸ばし、指先程度の大きさに千切っていく。それを一つずつ指先で押しつけて丸めると、小さな耳たぶのような窪んだ形をしたショートパスタ――オレキエッテができあがる。
またまた左手に水球を作り、沸騰させたら鍋に入れてオレキエッテを茹でる。三分程度で茹で上がるので、ソース作りだ。
フライパンに入れたニンニクは狐色に揚がり、丁度いいタイミングだ。アンチョビ、茹であげたブロッコリー
“Queste sono le orecchiette ai broccoli é acciughe.(ブロッコリーとアンチョビのオレキエッテでございます)”
皿に盛り付けた料理をミミルの前にそっと差し出し、少し
〈
〈ほう……〉
新たな料理を目の前にしたミミルはまた目をキラキラと輝かせる。
潰したブロッコリー
〈匙を使って食べるといい〉
〈ああ、ありがとう……〉
俺がスプーンを渡すと、ミミルは皿の中へとその先を滑り込ませ、大きく口を開けてオレキエッテを迎え入れる。そして、二回、三回と顎を動かすと、目を
〈はあぁ……〉
ミミルは溜息のような声を漏らし、恍惚とした顔で宙へと視線を向けた。
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ブロッコリーとアンチョビのオレキエッテ
見た目はこんな料理です。興味があれば御覧ください。
https://note.com/kazuna_novelist/n/n1f0680167079
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