第194話
二十分ほど掛けて食事を終え、食器や調理器具を洗っているところで思い出した。
〈そういえば、グリンカンビのことは思い出したかい?〉
〈グリンカンビは時を刻む鳥だ。巨木の上に止まり、英雄たちが住まう館に向けて朝を告げる役割を担っていたという記述があるダンジョンがあった。他にも神々の戦いの始まりを告げたという記述もあったはずだ〉
〈へぇ、神々の戦いか……物騒な話だな〉
〈その神々の戦いがダンジョンの……神々の戦いについては自分の目で確かめるといい。あと数日もすれば家の庭にある出入口にも文字が現れてくるだろう〉
〈――そりゃ楽しみだな〉
各階層の出口には文字が刻まれている。
俺の庭にある出入口にも本来は文字が刻まれているはずなのだが、元々は違うところにあった出口を移したのでいまは文字がない。
ミミルの言葉から察するに、庭の出入口には神々の戦いについての記述がある――ということだろう。
楽しみになってきた。
ダンジョンに関するそれ以上の情報はミミルの口から出てこない。
仕方がないので雑談をしながら二十分ほどで後片付けを済ませると、ミミルの空間収納へと仕舞ってもらって移動を開始した。
〈ミミル、これまで一日で二種類の魔物の領域を突破するという感じで進んできたよな〉
〈そうだ、そうなるように進んできたからだ。次は一日で一つの領域になる。魔物も一種類ではないぞ〉
〈ああ、そうか!〉
複数種の魔物が現れる……第二層に入ってからは一つの領域に一種類しか出てこなかったので勝手に思い込んでいたが、第一層では複数の魔物が出てくるのが普通だった。
〈そもそもしょーへいの言う、領域とはなんだ?〉
〈えっと……縄張り、かな〉
〈その縄張りとは何のために作られるものだ?〉
〈……例えば自分の狩猟場や餌場、水場を確保するためかな?〉
俺は短い間に思いついた答えを返した。
他には家族を守るためであったり、他の雄を排除して繁殖しやすい環境を作るためなんかもあるとは思う。
〈ダンジョンの魔物は、その雛形になったどこかの世界を写し取るようにして作られているという話はしたはずだ〉
〈ああ、そうだったな〉
〈なんだ、忘れていたのか?〉
明らかにミミルの顔が呆れたような表情へと変わった。
言い訳をしていいなら、まだダンジョンができて六日。
その六日の間に起こったこと、教わったことが多すぎてまだ頭の中が整理しきれていないというのが俺の状況だと思う。
〈仕様がないな……〉
ミミルは大きく溜息を吐いてから領域について説明をしてくれた。
ミミルが言ったとおり、ダンジョンの各層はどこかの世界を写し取ったようにして作られている。
言い換えると、写し取ってきたどこかの世界に一種類の魔物しかいなければその領域は一種類しかいない。逆に、十種類の魔物がいる場所を写し取ってくれば、十種類の魔物が出てくることになる。
実際、バッタやコオロギ、カマキリがいるところを写し取ってきた領域、大きな池があってその周辺にワームやモグラを写し取ってきた領域……と考えれば納得がいく。
そして、その写し取ってきた領域の間に安全地帯のようなものがあるということなんだそうだ。
〈以前から安全地帯にはラウム以外の魔物はいなかった。今回、初めてグリンカンビを見ることができたのは貴重な経験だが……〉
一瞬、ミミルの表情がいままでになく曇り、歩が遅くなった。
朝食を食べ過ぎたのだろうか――少し心配になる。
細菌やウィルスの類はダンジョン内では繁殖しないので腹を壊すとすれば毒くらいのものだ。
俺が出した料理の中で腹を壊すような毒を持つ可能性があるのは貝毒くらいのものなのだが、同じものを食べた俺は平気だ。
じっとミミルの顔を見つめていると、その視線に気がついたのかミミルが伏せた目を上げる。
〈なんでもない、気にするな〉
何だか、ミミルの顔に生気が感じられない。
〈いや、心配するなというのが無理な話だろう。いったいどうしたというんだ?〉
〈なんでもないと言っているだろう!〉
ミミルが激昂したような勢いで返事をする。
こんなことは初めてだ……いったいどうすれば。
ふと顔を上げると、遠くに魔物の姿が見える。
地面に届くほどの長い鼻、長い牙……形は象だ。だが、体毛が発達していて耳は大きくない。地球にいたとされるマンモスだろうか。それが十数頭で群れを成している。他にも大きなツノが生えたずんぐりむっくりな体型をした魔物、似た体格だが二本のツノが生えた魔物などもいる。
〈ミミル――〉
〈だから、なんでも……って、魔物か〉
一瞬声を荒げたミミルだが、俺の指先の示す場所を見て魔物に気づいたようだ。鋭い目つきで遠方にいる魔物たちを眺めている。
〈極端に大型の魔物が目立っているが、よく見ると体格的にしょーへいと似た大きさの魔物もいるから気をつけろ〉
そう告げると、ミミルは力強く歩き始める。
急変した状況に、俺はまた少し戸惑いながらミミルの後を追うのだった。
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